言葉の物語 <寿ーことぶき>
旧字体は「壽」で、なんともややっこしい字ですね。
下の「口」と手を表す「寸」は解りまかずが、その上は「髪が長く
腰の曲がった老人と長く延びる畦道」の形を合わせたものと
言う。
従って、長く引き延ばした道のように、命が長く延びる意味を
表す。
これは喜ぶべきことで、「言祝=ことほぐ」に転訛したもの。
今や高齢者問題は悩みの種。金勘定のせちがない時代に
なりましたね。
今さら年金問題、若い頃に言ってくれれば、それなりに生活
設計を考えたものを。今さらどうしようもない。
死が救いの時代が来なければと思います。
老いて金が無ければ地獄と言います。
「寿」は言不喜になりそうですね。
と、さらに辞書を読み進めると、これはという語彙「寿考=じゆ
こう」というのにぶつかりました。これは老人の知恵ではなく単
に「長生き」のこと。
「考」は「老」のことですと。他ほか寿のつくめぼしいものを。
寿賀 長寿の祝い。
六十歳、還暦から始まる。
うむ、なんとも長寿の仲間入りってこと。
暦十干十二支の六十の組み合わせの元帰り。
次は「古稀」。これは杜甫の詩「人生七十年 古来
稀なり」から。
後は喜寿=七十七歳、傘寿=八十歳、米寿=八十八
歳、卒寿=九十歳、白寿=九十九歳。いずれも略字を
分解して数合わせをしたもので、何の意味もなしで
すね。
寿老人 七福神の一。長寿をさずける。頭は長く、白い髭を
はやし、左に杖を持ち鹿を連れている。福禄寿とも
いわれ、道教の南極老人。または、宋時代の道教の
道士とも言われる。
先日、骨董市で「招き猫七福神」の人形を買ってきたが、
さっぱり福は来ない。七福神については、一度書いているので
後ほど参考までに。
というところで、では貧乏神は?
姿は薄汚れた老人で、痩せこけ青ざめた顔。手に渋団扇を
持ち、悲しい顔をしている。たしかに、お金持ちには居そうも
ないですね。
怠け者が大好きで、家に取りつく際は、押し入れに住みつく。
団扇を持っているのは、大好きな味噌の香りを楽しむためと。
地元の佐世保駅に、大笑いしている童子の貧乏神がいますが、
これは、お祀りして丁寧に送り出すと、福に転じるとされること
から。
ただし、この像は『貧乏が去る神』となってます。
福の神と貧乏神について面白い話があります。
<ある家に妙齢の女が訪れて言う。「私は吉祥天で、
福徳を授けに来た。」喜んで招き入れると、その後に見るから
にみすぼらしい醜女がぽつんと立っている。
「お前は誰だ」と主人が問うと、「私は黒闇天で、必ず災厄が
おきる貧乏神です」。
「お前などいらん。出ていけ。」というと、
「吉祥天は私の姉で、わたしたちはいつも一緒です。」
というと、吉祥天も一緒に出て行った。>
『涅槃経』にある教訓的な話です。
まさしく「禍福はあざなえる縄の如し」ですね。
七福神は寿老人のほかに、恵比寿、毘沙門天、大黒天、弁才天、
布袋さんがいます。
それぞれを象徴する持ち物を調べてみると面白いと思いますよ。
2016.11掲載再考
今日一日 幸運でありますように!
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