こんにちは、絶學無憂です。

 

少し前の記事「153. 遠隔レイキ: 幼児期の虐待経験者の諦めを解除、そして依頼者の信用を失う (6)」を書いた後で、読者の方からコメントが届きました。

 

電子メールの通知を受けっ取ったのですが、その送り主がなんと、「呪」(のろい)と名乗っているのが見えました。

 

うーん、この元の記事のシリーズ自体が、依頼者の人とトラブってしまった失敗談つまり「ネガティブ体験」をわざわざ扱うことで、この事件に関わる部分(私も依頼者の方も含めて)を、極性の偏りのない「まんなか」へまで持っていこう、ということを狙って書いたものではあるのですが、やはり自分が「加害者」の立場にいるケースでもあり、当初の私の反応がそうだったように自己弁護的な部分が出てしまいやすい、という危険を感じていました。

 

この6回目の記事の中身は、一旦5回目で依頼者の方の感じたであろう痛みをわずかでも追体験することで相手の立場への理解を深めた上で、敢えて、比較的最初の自分の反応に近い見方を紹介したものです。

 

相手の方への同情が足りていないかもしれませんが、またこの当初の見方も大切なメッセージを持っているだろうと思ったからです。

 

つまりひとつの事件ですが、いろいろな角度から見ることができて、それぞれがそれぞれの真実を持っている、そんなイメージです。

 

この立場で書くと、ひょっとすると自己弁護的な部分が露呈するかもな、という危惧もありながら書いたので、「呪」さんからコメントが来てしまったということは、これはひょっとしたらまずいことを書いてしまったのかな、と、普段あまり心の揺れ動くことのない私ですが、これは正直なところ大変心がザワザワしました。

 

スピ系のブロガーで有名な人たちでも、時々こういうネガティブなコメントを受け取って処置に困るということを書かれているのを見たことはあったので、とうとう自分のところにも来てしまったか、とも思いました。

 

こわごわとその「呪さん」のコメントを開けてみると、このように書いてありました。

 

書いてる事はその通りだろうけど
問題は自分自身の中にあるのは本当だろうし。深く考えるとそうだろうけど。

でも相手が大きなネガティブな過去の歴史があるのを無視してそういう発言してるのが
単純に頭でっかちの浅はかなデリカシーのない人なだけじゃなくて? 

だから嫁にも愛想つかれんじゃない? 

エックハルトのエゴとか持ち出して 
自己弁護してるあんたが一番エゴに取り憑かれとるわな。 

ありがとうございました、

 

これを読むとやはり心がザワザワしました。

やはり何かまずいことを書いてしまったかな、とも思いました。

 

ただし、この人はわざわざこのコメントを送ってくるくらいに私のブログ記事を読んでくださっていた、ということがこれから分かります。

 

ほとんどの人はコメントはくれないので、一体読者が面白いと思っているのかどうかさえ普段はまったくわからないわけです。

 

その点これは、かなりしっかりと読んでくださっていて、しかも記事が気に入らなかったということはとても良く分かります。

 

もうひとつ、まだ救いがあるなと思ったのは、文章の終わりが「ありがとうございました」になっていることです。

 

些細なことのようですが、本当に暗黒面にいる人であれば「ありがとう」という言葉を嘘でも使うことはあまりないのでは、という気もしました。

 

もし、あなたがブログを書いていて、自分のところへ呪と名乗る人から、このようなコメントを受け取ったらどうしますか?

 

私の見るところまず選択肢は2つでした。

  1. 返事はせずに放置する
  2. 返事をする
もちろん、下手に返事をすることで火に油を注いで、収集がつかなくなる恐れもあります。
 
次回からはこれに対する私の対応の様子について書きたいと思います。
 
続く