彼岸花

★★★★

1958年(昭33)9月7日公開/カラースタンダード/118分/松竹大船/

製作    山内静夫 原作    里見弴 脚本    野田高梧・小津安二郎

撮影    厚田雄春 音楽    斎藤高順 美術 浜田辰雄

出演-佐分利信・田中絹代・有馬稲子・山本富士子・浪花千栄子・笠智衆・桑野みゆき・佐田啓二・久我美子・高橋貞二・中村伸郎・高橋とよ・渡辺文雄

 

前作「東京暮色」から1年4ヶ月振りの小津監督作。

この映画の5日前には東宝系で、成瀬巳喜男監督初のカラー作品でワイドスコープ「鰯雲」が公開されている。小津の初カラーは画面サイズはスタンダードで、フィルムはドイツ・アグファカラーを使用している。溝口は既に3年前に「楊貴妃」をカラーで撮っている。成瀬も溝口も色彩にはそれほど強い関心はなかったようだが、小津はコダックや国産の富士フィルムでの発色テストを重ね、赤色の発色が一番映える、アグファカラーを選んだらしい。

 

物語のテーマは、前作「東京暮色」に似通った、娘の男関係が基調となっている。佐分利信と田中絹代の両親は、長女の有馬稲子の見合い話を進めるのだが、突然佐分利の会社に、有馬の交際相手、佐田啓二が訪ねてきて結婚させてほしいと宣言、そこから家庭内の波乱が始まっていく。

 

脚本執筆当初から、ほとんどの出演者が決まっていたらしく、全て「当て書き」で役柄が書かれているので、大映から借りた山本富士子や浪花千栄子、高橋貞二などはドンピシャリのはまり役になっている。

 

特に浪花千栄子のキャラ造形が素晴らしい。近年の小津作品で、杉村春子の担っていたコメディーリリーフ役だが、ベラベラ喋り続けるシーンとか、お土産をお手伝いの長岡輝子に渡し、「あんたにはおまへんで」と念を押すところなど爆笑した。

また会社の部下である高橋貞二の、久我美子が勤めるスナックのシーンも大爆笑だった。演ずる役者の方も、さぞやりがいがあったろう。

 

「東京暮色」に続いての有馬稲子の出演だが、小津はあえて採用したようにも思える。相変わらずこの映画でも笑顔はほとんど見せず、仏頂面の佐分利と言い合いばかりしている。ただその演出が、ラストの京都のシーン、山本に「笑顔を見せてあげなはれ」と佐分利を説教し、強引に列車に乗って有馬に会いに行くラストへと繋がっていったようにも思える。

 

一番印象に残ったのは一家が日帰り旅行する、箱根・芦ノ湖のシーン。

娘二人はボートに乗っているのだが、顔のアップさえない。ベンチに座る佐分利と田中のためのシーンだと思える。

田中は戦争中の思い出を話し出す。空襲下、防空壕で一家4人、抱き合って震えていた、あの時の事を最近よく思い出すと。佐分利は、俺はあの頃が一番嫌だった、つまらん奴らが威張っていたし・・・。

 

極限下の状態で、家族の絆の強さを感じ、このまま死んでも構わないと思う女。反面男は、このままで死んでたまるか、生き延びて何とか家族を楽にさせてやりたいと思う。その考え方の違いが鮮やかに提示されている。

 

終戦13年目。映画を見た人々は、この二人の会話に大いに共感しただろうと思われる。

 

この映画の公開5年後に小津は死去するが、それまでに5本の作品を残している。この「彼岸花」には、その後の小津映画のモチーフがいろいろ初出している。

 

高橋とよ演ずる料亭「若松」の女将は、この後に撮られた映画で何回も出てくる。そして友人や同窓生たちを演ずる役者、中村伸郎や北竜二、笠智衆や菅原通済も常連となっていく。

 

この『彼岸花』は、大映から山本富士子を借りるなどスターを並べたのが功を奏して、この年の松竹作品の興行配収1位となり、小津作品としても過去最高の興行成績を記録した。翌年59年2月には映画関係者で初めて日本芸術院賞を小津は受賞した。

 

以下Wikiより転載

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『彼岸花』は、小津安二郎監督による1958年製作・公開の日本映画である。小津の監督作品としては初のカラー映画。松竹大船撮影所製作、松竹配給。日本では同年9月7日に公開された。

解説
クレジットには、「原作里見弴」と記されているが、里見の小説『彼岸花』(『文藝春秋』1958年6月、角川書店刊)が、本作の先にあったわけではない。かねてより里見の小説に強い影響を受け、また鎌倉に暮らし里見と親交のあった小津が、里見の原作を映画にしたいと申し出たところ、里見が、映画化されることを前提に新作を書き下ろすことになった。その結果、里見、小津、脚本家野田高梧の三者で構想した大まかな筋のもと、小説、シナリオ別々に作られたものである。そのため、本作にとっての小説『彼岸花』は、通常の意味での「原作」ではない。実際、小説と本作とでは、多少の差異がみられる。ちなみに、2年後の『秋日和』もこの方式で作られることになる。本作は、松竹の監督だった小津が、ライバル会社大映のスター女優・山本富士子を招いて撮った作品であり、そのお返しとして翌年、小津は大映で『浮草』を監督することになる。山本以外にも有馬稲子、久我美子という当時の人気女優たちが競演して小津初のカラー作品を華やかなものにしている。

初めてのカラーとなった本作を製作するにあたり、小津は西ドイツ(現:ドイツ)のアグフア(現在のアグフア・ゲバルト)社のカラーフィルムを選んだ。当時の映画用カラーフィルムは実質的な選択肢として、アメリカのコダック、西ドイツのアグフア、日本の富士フイルムの3つがあったが、その中で小津がアグフアを選んだ理由は赤の発色の良さであり、かねてから小津のためのカラーフィルム選定をしていたカメラマンの厚田雄春がドイツ映画『枯葉(英語版)』(監督ヴォルフガング・シュタウテ、1957年)を見てアグフアカラー(英語版)の色の良さを気に入り、小津も同感して決めた。作品中でも小道具としてさりげなく赤いやかんが用いられている。また、料亭の場面などで使われた器や茶碗、装飾品類はすべて本物の書画骨董であり、総額は2,000万円にも上った。

佐分利信、中村伸郎、北竜二が演じる旧友三人組は『秋日和』でも形を変えて再登場することになる。

受賞
キネマ旬報ベストテン第3位
ブルーリボン賞主演女優賞(山本富士子)
文部省芸術祭芸術祭賞