河内山宗俊
★★★★

1936年(昭11)4月30日公開/太秦発声映画/87分/モノクロ/スタンダード 
原作    河竹黙阿弥『天衣紛上野初花』    原案 山中貞雄 脚本  三村伸太郎     

監督    山中貞雄 撮影    町井春美 音楽    西梧郎     製作    大澤善夫
出演-河原崎長一郎、中村翫右衛門、原節子、山岸しづ江、清川荘司、市川莚司(加東大介)、高勢実乗、鳥羽陽之助


前年1935年6月に公開された「丹下左膳 百萬両の壺」以降、山中貞雄は「街の入墨者」(1935)、「怪盗白頭巾 前後編」(1935/36)を監督。その他共同監督や応援監督として稲垣浩監督作品の二本に関わり、そしてこの「河内山宗俊」となる。

主人公河内山宗俊を演ずる河原崎長一郎と、その酒飲み友達の中村翫右衛門が、当時15歳の甘酒売り、原節子の人身売買を阻止するために命を落としていく、悲劇である。

1936年、この年は戦争の足音が忍び寄って来ていた時代。映画公開の二ヶ月前には二.二六事件が発生している。そんな世相の反映か「河内山宗俊」はとても暗い内容の映画となっている。それでも「百萬両の壺」に出ていた屑屋の二人組が、今回は家老役で笑わせたり、河原崎と中村の泥酔演技などユーモアもたっぷりと入っている。

この作品の特徴的な一つは、シーンが変わっても、据え置いたカメラ位置が固定されている事。
特に河内山宗俊の自宅のシーンは、ほぼ毎回同じロングカットから始まっている。
正面に引き戸の玄関、左に二階に登っていく階段、右側に一杯飲みの座席と椅子、手前奥側に居間の構図。引き戸の上の棚には、商売繁盛の猫の置物が大から小へと何個も置かれているのが印象的。

このカット内で、河内山が帰ってきて山岸しづ江演ずる女房が迎えたり、弟を探しに来た原節子が佇んだり、あるいは加東大介が一杯やっていたりする。
そのいろんな人物が立ち代わり入れ替わり出入りする場所が、ラストにはヤクザもの達が大勢で破壊を始め、置物は砕け散って、やがて戸が破られヤクザたちが画面を蹂躙して行く。

千客万来の入り口だった平和な情景が一瞬にして崩れ去っていく虚無感が漂う。これは常に同じ構図で据え置いていたカメラアングルがあったからこそ、表現として成立するものだ。

山中のこの手法はWikiによると以下に説明されている。

『山中は早撮りの監督であり、とくに「ナカ抜き(中抜き)」という演出方法で撮影の効率化を図ったことで知られる。
ナカ抜きは、あるシーンを撮る場合に、そのショット割りに従って順番通りに撮影していくのではなく、そのショット割りに同じカメラポジションのショットがいくつかあったとしたら、それらをまとめて先に撮ってしまい、そのあとに別のカメラポジションのショットを撮影するという方法のことであり、それによってカメラや照明を移動させる手間が省けた。
この方法は後のテレビ撮影などで常識的に用いられたが、1930年代当時はほとんど行われておらず、山中が採り入れてから普及し出すようになった。加藤泰監督によると、山中のナカ抜きはワンシーンの中だけでなく、そのセットでのシーンが数回あったとしたら、その全シーンの同じカメラポジションのショットを、たとえシーンが飛んでいようと、全部先に撮ってしまい、いったん据えたカメラをなるべく動かさないようにしたという。ナカ抜きだとシーンやショットを飛ばして撮影するため、俳優たちは自分の演技やセリフがどのシーンでどのようにつながるのか見当がつかず辟易したが、山中の頭の中にはショットを組み立てる計算が全部入っており、編集時に混乱せずにぴったりとショットを合わせることができたという。』

カメラ構図を動かさないのは、照明などの作業時間短縮の必要からだったようだ。
ただ完成した映画を見れば、同一画面の構図を繰り返す事によって印象付けられ情景が、事象の変化に寄ってダイナミックに変貌していく様が描かれている。
早撮りの名人と言われた渡辺邦男監督の手法とは根本的に異なり、早撮りを逆手にとって映画的表現に昇華させているのが山中貞雄の凄いところだ。

以下Wikiより転載
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『河内山宗俊』(こうちやま そうしゅん)は、1936年に製作・公開された山中貞雄の映画作品である。

山中の監督作品のうち、ほぼ完全な形でフィルムが現存するのは本作のほか『丹下左膳余話 百萬両の壺』、『人情紙風船』の3本のみだが、本作は広太郎と三千歳のラブシーンと、森田屋が三千歳を呼ぶ場面の計5分が削除されている。
現存するのは原版からコピーされた16ミリフィルム版のみで、映像・音声が共に劣化した状態であった。
2020年、日活と国際交流基金による4Kデジタル復元版が東京国際映画祭で公開された。