海底軍艦★★★★

1963年(昭38)12月22日公開/東宝/94分/総天然色/シネマスコープ     
製作    田中友幸    脚本    関沢新一     監督    本多猪四郎
撮影    小泉一    音楽    伊福部昭     美術    北猛夫
特技監督    円谷英二     撮影    有川貞昌  富岡素敬    美術    渡辺明
合成     向山宏     照明    岸田九一郎    光学撮影    真野田幸男 徳政義行
製作担当者    小池忠司     操演     中代文雄     造形    利光貞三
助監督    中野昭慶     監督補佐     川上景司     デザイン    小松崎茂

 

出演-高島忠夫・藤山陽子・藤木悠・佐原健二・上原謙・小泉博・田崎潤・田島義文・平田昭彦・藤田進・小林哲子・天本英世・高田稔・伊藤久哉
 

前年8月公開の「キングコング対ゴジラ」と同じ、高島忠夫・藤木悠のコンビが出演。
しかし印象としては、海底軍艦の艦長・田崎潤や、元少尉の上原謙が強く印象に残る。

当時の世相として、戦後20年を迎えようとしていた時代、少年漫画では戦争ものブームが巻き起こっていた。その中心となったのが小松崎茂だった。戦争体験者がほとんどだったスタッフ側にも、何か懐かしむ風潮もあっただろう。

・・・旧日本軍の生き残りが作った、空を飛ぶ世界最強の軍艦。

「海底軍艦」はそのような時代背景の中で作られた。

物語は飽きさせず、よく練られていると思う。

「ムー大陸」が太平洋にあったとは珍説ではあるが、モスラ、キングコング登場の舞台となった、南洋土人島も健在。踊りのシーンが少々冗長ではあるが。

メカニックな海底軍艦の勇姿は、当時の少年達、そして戦争で軍艦、駆逐艦に乗船したり目にした大人たちにとっても、目を瞠る心躍る瞬間ではなかったろうか。

以下Wikiより転載
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原作は1900年に発表された押川春浪の小説『海底軍艦』だが、映画での登場人物や設定は映画オリジナルのもので、「少数の人員が孤島で海底軍艦を建造する」という大まかなストーリー以外に、ほぼつながりはない。
脚本の関沢新一は、「海底軍艦は子供のころに読んで、とにかく“ロマン”というイメージがあった。現代の設定に置き換えるに当たり、このロマンをどう描くか考えた」とコメントしている。
やはり原作どおりの「ロシアが敵役」などの設定は時代的に無理ということから敵を架空のムウ帝国と設定し、自身が戦時中に関わった、南方前線での寄せ集めの機材による戦闘機建造の体験をベースに、骨太のストーリーを構築している。

前年からこの年にかけ、東宝では本作以外にも『太平洋の翼』、『青島要塞爆撃命令』、
『マタンゴ』と特撮の比重の大きな作品が続けざまに組まれており、円谷英二だけが全ての特撮現場を任じていた
円谷組特撮班の撮影スケジュールは、過密状態となっていた。このため、当時の東宝特撮の正月映画としては本作の特殊撮影のスケジュールは約2か月(当時の平均は3か月)と、やや短めである(本編撮影は従来通り約1か月)。

円谷は過密な撮影スケジュールを鑑み、戦時中に円谷門下だった川上景司をB班監督に起用することで対応している。
川上は円谷と決別して松竹映画に引き抜かれていったという過去を持つが、円谷はまったく意に介せず、翌年には円谷特技プロダクションのスタッフに招いたため、その度量の広さは関係者の語り草となった。

ラストシーンの海上爆発は、カメラを上下逆にして水槽に絵の具を落とすことで表現している。
丸の内崩壊シーンの冒頭にマンホールの蓋が蒸気で吹き飛ぶカットでは、マンホールの蓋を軽いウエハースで作って撮影した。人工衛星のカットには、『地球防衛軍』や『宇宙大戦争』の宇宙ステーションの映像が流用されている。

プロデューサーの田中友幸は、本作に登場する「神宮司八郎」の名がお気に入りで、自らのペンネームにもしている。

英題は『Atragon』。現地では好評だったらしく、実際には続編ではない『緯度0大作戦』が、海外では『Atragon II』の題名で公開されている。ドイツでは『U2000』という題名になっている。

轟天号の英語名「Atragon」の由来は、「Atomic dragon」。

デザイン担当は小松崎茂。小松崎は「潜水艦とロケットとでは根本的に構造が違うので、轟天号のようなものを実際には作れないのは分かっているが、映画の画面ではそれなりに観客を納得させられるようにデザインした」との趣旨の発言をしている。
金属製・木製の16尺・6尺・1尺の3種類、またロケット型の3尺ミニチュアが作られた。

メインの撮影には6尺タイプが使われた。先端のドリルはアルミの削りだしで作られ、電動で回転する際に衝角が前後に動く凝った仕掛けがなされている。下部にはフロンガスを噴出するギミックも内蔵されている。3尺ミニチュアは、ロケット型への変形描写のため、艦橋部が胴部に収納・上昇するよう作られた。
轟天号が湖面に初めて姿を現すシーンでは16尺タイプのミニチュアを用い、ミニチュアの下から圧縮空気を一気に開放する手法で、重量感のある浮上を描いている。
 

設定ではキャタピラを出して地上を走る陸上型の変形もあったが、劇中では描かれなかった。劇中で3連装電子砲を使用することは結局なかったが、東京湾内でムウの潜航艇と対峙して砲撃を交わす合成素材用の特撮フィルムは現存している。

「マンダ」は当初、大蛇として登場する予定だったため、「マンモススネーク→マンモス蛇(だ)→マンダ」と名付けられたが、映画公開の翌年(1964年)が辰年なので竜に変更された。
当時の東宝の宣伝用年賀はがきでは、「謹賀新年」の言葉の下に、轟天号対マンダのイラストが添えられていた。

デザインは渡辺明、頭部造形は利光貞三、胴体は八木勘寿、八木康栄による。東宝怪獣には珍しく黒目が縦長の「猫目」をしている。鳴き声はライオンの吠え声に似ている。これは2代目も3代目も同じ。

ムウ潜水艦の艦首主砲は、マンダをかたどったものになっている。
大・小2種類の操演用ミニチュアによって撮影された。大きいほうは、テレビ番組『ウルトラQ』の第6話「育てよ! カメ」に登場する怪竜として無改造で流用された後に返却され、『怪獣総進撃』に流用された。
小さいほうは、第12話「鳥を見た」に登場する船の舳先にある装飾の像に流用されている。