元々、言(ごんべん)は、辛+口で成り立っているとか。
辛は「しん」と読め、心(しん)と同じ音だから、
口でおもうことをいうこと、と。

一方、売は「出」の略したもの(上部)・網の形(中部)・貝の形(下部)から
成り立っているそうで。
中部と下部では、あみと貝で買う意味。
買ってきたものが出ていくから、売るということになるそう。

ものを売る際、調子をつけて客を呼ぶように、
読とは「声に出してよむ」の意味になった。

そんなことから考えると、
読書は「書を声に出す」とも書き下せるのかもしれない。

久しく声に出して書を読むことを忘れた耳は、
案外書を聴く(よむ)ことを待ちわびているのかも。
最近飛行機に乗ったときに、
12years a slave
という映画をみた。

http://www.youtube.com/watch?v=z02Ie8wKKRg


日本語訳は、
『それでも夜は明ける』らしい。

2013年のイギリス・アメリカの歴史ドラマ映画で、
原作は1853年発表のソロモン・ノーサップによる1841年にワシントンD.C.で誘拐され、
奴隷として売られた黒人を描いたものだった。


順風満帆の生活の日々の中で、
突然に彼は誘拐され奴隷になった。


なんだろう、
環境に流されない彼の人間性にとても惹かれた映画だった。


roll jordan roll

という曲のリズムは心地よかった。

http://www.youtube.com/watch?v=mAZhQQN758g

臆見とも訳される、独断による思い込みを意味するギリシャ語。

プラトンは物事の理性状態であるイデアを背景に、
理性が導き出す知識を
エピステーメー(知識だとか、その時代のすべての学問に共通する知の土台)
と呼んでいたのだとか。

だから、単に感覚器官が受容したにすぎない知識を前述したものに対比して、
それらの知識を下位に位置づけたのがドクサなんだとか。

目にしただけのものをそのまま何も考えずに
受け入れてしまうのは環境の恐ろしいところだけれども、
如何せん新しい環境にはそんなものも付きまとうようで。

プラトンはそんなドクサを退けて、
考えることによってエピステーメーを得よといっているようで。

「考えられる」精神衛生確保のためにも、
運動やお話することは案外いいことなのかも。
三角形の内角の和は180度とは算数の教科書で学ぶもので。
それを定義したのは古代エジプトのエウクレイデス(英名ユークリッド)さんらしいけど、
それには非ユークリッド幾何学なるものもあるそうで。

リーマン幾何学というのは、
球体の場合それは必ずしもそうじゃないんじゃないかと唱えたんだとか。


かつてアインシュタインが相対性理論のアイディアをどう証明するか悩んだ際、
相談した数学者によって紹介されたのが、
その必ずしもそうじゃないんじゃないかというリーマン幾何学だったそう。


STAP細胞の方はかつてnatureで、
あなたの論文は化学を冒涜している、とかいう評価を受けたそうだけれども、
必ずしもそうじゃないんじゃないか、というのは案外あるのかも。


構造として定義は必要だし誰でも理解できるようにはなるけど、
まだ実は誰も知らない世界遺産なんていっぱいあるのかもしれない。

ただその構造をちゃんと把握してる人が、
その本当の価値に驚き惹かれているいるんだろうけど。


内角
ソクラテスの対話編ではメノンと徳は教えられうるのかを交し合う
知識や情報は極論と出会って深まるのかも



2014.3.5
インフルエンザの発見は元来病院に通院してくる人たちの統計によって予測され、
インフルエンザが世にはやっていると見なされていたらしいけれども、
GOOGLEの「風邪っぽい」等の検索数と風邪のひき始めグッズの売れ行きから、
インフルのはじまりを以前よりもはやく認識できるようになったとか。

宇宙の膨大な写真たちも、
無限に膨大に細部まで撮れる技術はあっても、
それをみる人に限りがある。
そこでボランティアを募ると、
今まで発見されなかった銀河や宇宙の神秘が、
一般人によって見つけられるケースも増えたんだとか。

身体をつくるたんぱく質の構造だって、
いろんなパターンがあるそうで。
そこでまたゲーマーたちにボランティアでパズルゲームを試してもらい、
その手順やアイディアによって、
たんぱく質は一番単純で省エネで形成されているという結果が。


なにかをものづくりしようとするその仕組み自体が変わりつつあるという代表例らしい。
トーマス・クーンさんの提唱したパラダイム・シフトを体感できてる時機なんかな。

もっとざっくり考えてみたら、
今自分の持ってる何かは、
何と繋がるか分からないし、
何かしてみないと繋がらないらしい。



ものづくり
いろいろあったみたいだけど、
「子どもの発見」をしたと言われるルソー。
昔見て驚いた大人の顔をした子どもの姿の絵画。
そんなところでもルソーの「子どもの発見」が影響されたんだとか。



2014.3.3
響く、という言葉がなんだか自分はいつからか好きなようで。
どんな相手とどんなに劣悪な関係であっても、
誰かそこに加わるだけでその不協和音が心地よいシンフォニーに変わることだって。
自分から響いたって相手から響いたって、
結局は「いい」心地よさになっていくんだろうかな。


思いやりのある言葉は短く簡単なものであっても、
その反響は実に無限である

とは、マザーテレサが言われたそうで。


反響
マザーハウスのあるコルカタではないけど、
東へ汽車5時間のブッタガヤにて

マザーハウスでは淡々と続く同じ人間関係のなかでの、
意識していない一言が相手に強く影響を与えていたことを知った



2014.2.26
生活保護金を巡って貧困ビジネスなるものが横行しているんだとか。
年金受給者は凡そ月6・5万円に対して、
生活保護者は凡そ月13万以上が相場らしい、医療費無料も付帯してると。

そこに漬け込んでか路上生活者を優遇すると言って、
数人を数畳間に入れておく。
食費と酒、タバコは問題ないといううたい文句らしいけど、
たまにろくに飯も食えない場合も。
ある場合には月11万程を一人頭集金しながら、
それが直接繋がってるか知らないけど、
暴力団が2億円規模のお金を受け取ってるんだとか。

ウクライナも先日いろいろあったみたいだけど、
お金と権力(立場)はビジネスの在り方を如何様にも変化できるらしい。

『時計じかけのオレンジ』に登場するアレックスの生き方もまた、
ビジネスという名の異名なんだろうか。


mandazi
お金があればいいなと言うと、
美味しいコーヒーが飲めるぐらいのお金があればいいと言われた。
そんな風に生きたいと思った。



2014.2.24
今日は東京マラソンだったようで。
今度のには出たいと今日思いました。
その前に違うマラソン大会に出ようかと。


いろんな人が走ってました。

17歳で失明宣告され、
29歳で起業、50億の年商をその手で。
40歳で失明、まわりの手をかり社長職を存続。
65歳で引退、高校時代好きだったマラソンを始めることを決意。
現在75歳、フルマラソン7・8回?出場したんだとか。


また4年前の大会でプロポーズした相手が、
昨年肺がんで逝去。
残された夫と娘にはたくさんの手紙が。
特に娘には、
小学生、中学生、高校、大学、結婚式当日に読んで欲しいと書かれたものが。
旦那さんは煩わしい気持ちを払拭するためにも大会に出たんだとか。


その他、病気・結婚・記念日等、
いろんな節目をマラソンに重ねている人が多くいた。

三島由紀夫の『美しい星』には、
人間の5つの美点の最後に、
彼らはどんなときもよく笑った、
とあった。
つまりはどんな環境ですら乗り越える術を知っていたんだとか。


ランニングをはじめてほぼ毎日走って早くも3年。
10年続けた頃には何か自分も変わっているのかもしれない。


まらそん
志小ならば足りやすく
足りやすければ進むことなし

という言葉があるそうで。



2014.2.23
『次郎物語』では、
兄弟のなか、ただ一人次郎だけが里子に出されまた実家に戻るという佳境にあった。

次郎は、
その後出会う御婆さんにあれやこれやと口出しされる。

そうこうしている内に、
自分はなんでこんなにか不幸なのかと悲嘆にくれた。

ただふとした瞬間、
自分が不幸に思うその一端は一人の人間からの影響であったことに気付く。

ほかの多くの人の愛情を度外視していた彼は、
今までみえなかった多くの愛情を胸に懐くと、
不幸に苛まれていたようにみえた現実は案外大したことないように思われたようで。


影響
たまにおおきい世界に触れるとちいさな自分の世界も少しはかわる


2014.2.19
『おかあさんの目』という絵本があるそうで。

おかあさんの目を見つめる主人公せつこは、
母の目に自分の姿が映ることに驚きます。

母は自分の瞳に映るものを、
娘のせつこへみせていくと、
今そこにはないうつくしいものをみせ始めていくのです。


母はせつこに語ります。


うつくしいものに出会ったら、
いっしょうけんめいにみつめなさい。
みつめると、
それが目ににじんで、ちゃあんと心にすみつくのよ。



いっしょうけんめいみつめると、
うつくしいものが目に住んでくれるなんて。
うつくしいものが目に住み始めたら、
みえるものも尚うつくしくみえてくるのかもしれない。



みるめる
先日、上野の博物館へ
クリーブランド美術展と人間国宝展がそこにはありました
日本美術の祭典として開催されたそこには見事な雷神の屏風が。
いっしょうけんめいみつめたから、
もしかしたら雷神が自分の目に住み始めてくれたかもしれません



2014.2.18