👠Asami's Pole Lounge
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先日、
気になるスレッズがあった。
高校生の娘がいる
あるお母さんの投稿。
カフェで3歳の子供が
ミルクをこぼして
高校生の娘のお気に入りの上着に
少しかかってしまった。
子供の母親に
かかってないか聞かれた時に
娘は、かかった部分を隠して
「全然大丈夫です!」と言った。
優しい子に育っている。
みたいな内容だった。
確かに優しいけれど
お気に入りの物が汚されたなら
相手に正直に伝えてもいいと思う
が私の率直な意見だけれど
人それぞれ考えが違うし
その子が決めたことなので。
私が気になったのは
絶賛の嵐だったコメント欄だ。
内容は
優しい!素晴らしい!
とても良い子!的なものばかり。
この褒め言葉を紐解くと
空気を読めたこと
我慢できたことに対して
優しい!良い子!と褒めているのだ。
その子が我慢したいなら、
したらいい。
だけど
我慢出来る=良い子
なのだろうか?
我慢出来て、空気を読めるのが
優しいのだろうか?
自分が我慢してまで
誰かに優しくするのが良い子?
子供がそうなったら
親として嬉しいことなの??
私は、自分を犠牲にしてまで
他人に優しくするべきとは思わない。
なぜなら
自分を大切に出来ない人は
他人にも
心から優しく出来ないからだ。
優しい人になりたいなら
まずは自分を大切にする事から。
そして、
嫌な時に嫌だと言うのは
全く悪い事ではないし
言わない人が
いい人、優しい人
だとも思わない。
だから、スレッズの中で
その子が良い子だと絶賛され過ぎてて
正直、気持ち悪かった。
その子が
気持ち悪い訳ではない。
我慢できる、空気が読める子が最高
というその空気感がだ。
その価値観が植え付けられると
嫌な事をされた時
感情を抑えきれず
つい出してしまったら
"自分は我慢できないダメな子だ"
と思ってしまわないだろうか。
感情を持つのは当たり前のこと。
だから
嬉しい時は素直に喜び
嫌な時は、
その嫌な気持ちを
相手へどう伝えるか?を
学んだ方がいいと私は思っている。
相手に悪気が
無いこともあるから
(今回のミルクの件もそう)
感情的にならず
リスペクトを持って
自分の気持ちを言語化する。
これは
褒めるよりも
よっぽど難しいから
訓練が必要だと思う。
人は人、自分は自分なので
どうでもいいのだが
あまりにも
我慢できる事が絶賛され過ぎてて
書かずにはいられなかった。
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2026年の初夢を
今でもはっきりと覚えている。
私、夫、子供達で
怖い人の車に乗せられ
密輸の手伝いをさせられていた。
(今思えばツッコミどころ満載なのだが
華麗にスルーお願いします)
夫「この仕事は明日終わる」
私「でも終わったら私達は殺されるよね?」
夫「そうだね..」
こんな最期の迎え方最悪だぁぁあ!!
と私が泣き叫んだ所で
目が覚めた。
とても怖い初夢だった。
だけど、目が覚めたときに
生きてる事が嬉しくて
平穏な日常に
とてつもない感謝も生まれて
今までの悩みが
全てちっぽけに思えたのだ。
そう、
大切な家族がいて
みんな健康で生きていれば
それ以外のことなんて
何てことない。
ハナクソである。
(うちの10歳息子が今だに喜んで使う日本語である。
いつ辞めるのか)
それなのに
当たり前の幸せに目を背け
人間はどんどん欲が出てくる。
欲があるのは悪くない。
むしろ、私はいい事だと思う。
だけど、
既に手に入れている
大切なモノの有り難みを実感せず
実はそこまで大切じゃないことに
時間や労力を使ってしまうのは
とても残念な気がする。
私は、小さい事でも
結構クヨクヨ悩むけれど
自分の"一番"大切なものに
心から感謝できていれば
多少の悩みなんて
どうでもよくなってくる。
失敗も恥も怖くないのだ。
そんな当たり前の事に
気付けた2026年の始まり。
目覚めた時は
「何て不吉な夢だ..」
と思ったけど
結果、私の軸を
強くしてくれたようだ。
新しい場所での挑戦を
少し躊躇していた自分には
有難い夢だった。
新しい一歩は
いつも怖く、
失敗したら恥ずかしい。
そんな悩みは
この夢で吹き飛んだのである。
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