臨床の場で、患者さんからこんなご相談を受けたことはありませんか?

「最近、人の名前がすぐに出てこなくて……」
「買い物で同じものを買ってしまうことが増えたんです」

単なる「加齢による物忘れ」として聞き流してしまいがちですが、実はその背景にMCI(軽度認知障害)が潜んでいるケースは少なくありません。

「認知症になってしまったら、鍼灸でできることは限られているのではないか……」と感じておられる先生もいるかもしれません。

しかし、「MCI(軽度認知障害)」の段階であれば、鍼灸治療によって状態を改善・維持できる可能性が十分にあります。

今回は、「鍼灸で認知症(MCI)は改善するのか?」という問いに対して、東洋医学的アプローチの視点から解説いたします。

■ MCI(軽度認知障害)とは?
MCIとは、健康な状態と認知症の中間に位置する状態です。
日常の生活動作は自立しているものの、記憶力や判断力などの認知機能に軽度の低下が見られる段階を指します。

認知症へと進行してしまうリスクがある一方で、このMCIの段階で適切に対応すれば、正常な状態へ回復したり、進行を大きく遅らせたりすることが可能とされています。

■ なぜ鍼灸でMCIが改善するのか?(東洋医学的アプローチ)
東洋医学において、認知機能や精神活動は五臓の「心(しん)」と「腎(じん)」に深く関わっています。

心(しん): 「神明(しんめい)を司る」とされ、思考・記憶・意識・感情などの高次脳機能を統括します。

腎(じん): 「精を蔵し、髄を生じ、脳に通じる」とされ、脳の栄養源である「髄海(ずいかい)」を養います。

加齢やストレス等によって「心火」と「腎水」のバランスが崩れる「心腎不交(しんじんふこう)」の状態に陥ると、脳髄が養われなくなり、神明が乱れて記憶力低下や集中力低下が現れます。

■ 臨床における治療のポイント
MCIへのアプローチでは、単に頭部の局所穴を刺激するだけでなく、「心腎の調和」を目的とした全身調整が不可欠です。

心経・心包経へのアプローチ: 神明を安定させ、脳血流や神経伝達物質の安定を図る。

腎経へのアプローチ: 腎精を補い、髄海を満たすことで脳の機能を底上げする。

椎骨動脈や頸部へのアプローチ: 脳循環・海馬付近の血流障害を改善する。

このように「心」と「腎」の働きを整えることで、頭の冴えや記憶の定着、日中の活動意欲が高まり、MCI症状の改善へとつながっていきます。

五枢会代表 武藤由香子