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ブスでごめんなさい

どこにでもいる女子大生のどこにでもある話

某SNSで知り合い何度か連絡取り合って、それで会って、1人暮らしの家に連れ込んで、その日のうちに寝て
それから付き合うようになった友達が居る。

毎日、「好きだよ」だとか「君がいないと生きていけない」とか、歯が浮くようなメールがたくさん来るのだと誇らしげに教えてくれた。
それと!と、付け加えてとっておきの秘蔵品を出した時のような顔をして
「“愛してる”って、送ってくるんだよねぇ」と携帯の画面を突き出した。

彼女は本気だった。
いや、本気というより、相手を信じて疑わない様子だった。
そして満更ではないニヤケ顔でメールを返し始める彼女を見つめながら、思い出していた。

彼女はもとよりそういう人だった。
その人自身が好きなのではない、自分を求めてくれている人が好きなのである。裏を返せば、好きだと言われれば誰でもいいし、そういう人材は多ければ多いほうが良い。ただ寂しいだけの彼女。


彼女を交えて、何人か彼氏だという相手に会ったことがある。
どれも日常生活で見かけると、とるに足りない、どこか敬遠してしまうような見た目にお金をかけない(もしかしたらかけるお金がないのかもしれないが)、もったりとした男ばかりであった。


フガフガもごもごと喋り、話の内容は、普段接客業で色々な話をよく聞く私でも下劣で詰まらないものだと思った。


やはり、彼女が席を外すと、ほぼ全員が連絡先をきいてくるのだ。
中には解散した後に追いかけてきてまで聞いてくるものもあった。


友達の一応彼氏ということもあり、突っぱねるわけにもいかず理由を聞いてから彼女に断ってからなら良いという過程を毎回とっていた。


そして実際、その中の何人かとはメールをして、好きだの付き合おうだの、2人でどこかに行こうだのといった内容を受信した。


つまらない男だと思った。
つまらない男からそんな形を向けられる私も、つまらない女なのだとわかっている。
私は華やかなほうではなく、昔からよくない縁を引きつける性質があった。

返信はせずなあなあにして、もちろん彼女にも何も言わなかった。


無論、今彼女がメールをしている彼氏とやらもそうである。
よくある話では優越感などを持つ場合もあるが、少しもなかった。
むしろ、自分が情けなかった。


テーブルの向こうでまだニヤケている彼女は、また来たというメールを見せてくれた。


愛してるという言葉は彼女達にとって、今晩会って事を上手く運ぶための、もしくは上手くいく事は愛しあっているから当然であり必然であると言わんばかりの、ご機嫌とりでしかない本来の意味を持たない別の意味の哀しい言葉なのだ。



試験を終えた後、道端でおにぎりを発見した。

ひと口だけかじられている。



ひと口で、このおにぎりを網羅して飽きて置いていってしまったのか。

それとも、落ちていた完璧なおにぎりを誰かがひと口食べたのだろうか。

はたまたおむすびころりん形式でやってきたのだろうか。


もしかしたら最初からこんな形だったのかもしれない。







ちなみに、中身は昆布でした。

昔からわからなかった。

どうして悪いフリをするのか、
ズボンをズルズルに下げるのか、スカートを極端に長く、もしくは短くするのか。

最早上着と同化しているスカートをカバンで隠しながら階段を上がっていく女子高生。

ズボンを下げすぎて上手く走れず転ぶ男子高校生。

何故、自ら不便な世界に身を投じているのだろうか。

不便とはお洒落なのだろうか。それが適応されてしまうと、最新式の便利家電は皆全てダサくなってしまう。

不便イコールお洒落では無いようだ。


学生で先生に対して反抗する彼らもまだ理解が出来ない。先生だって人間なのだから、贔屓の一つや二つはするだろう。
テストと授業態度七対三で成績をつけるのだから、頑張っていたが思うように点が取れなかった生徒にはある程度のマージンが働くわけで、仕方のないことでもある。というより、こういう事はよくある。
生徒と向き合い情が移ってしまうもんね。



白黒はっきりつけないことも新しい形の善なのだ。