あっという間に師走がやって来て、玄関の飾り付けもクリスマス仕様へと変えた。自分の中でも、ギアチェンジが始まったような感じだ
いつの間にか、喪中はがきも重なってきている コロナ禍を経て葬儀も様変わりし、内々の者だけで執り行う家族葬が増えた だからこそ、年賀状を遣り取りしているから分かるということも多い。
夫はテーブルで、届いたはがきに返信を書いている 寒中見舞いよりも早く伝えたい そんな思いからだろう… 文面を下書きし、相手が受け取って辛さを感じないように表現できているか チェックを私に求めてきた。自分たちよりずっと、ずっと年若い人たちの訃報には辛いものがある。 人の寿命は、年齢順とはいかないのが現実だ
ベストセラー作家として長年活躍し、昭和のマスコミにも多く登場されてきた方が、自身で「最後の作品集」と言われ、出版されたのが、『カーテンコール』(筒井 康隆)だ
コロナ禍の中でも、執筆を続けて来られた掌篇小説25話が、この一冊に詰まっている
あの『時をかける少女』や『文学部唯野教授』が、時をかけて病室に横たわる「おれ」のもとへとやって来た『プレイバック』を始めとして、昭和史を彩った人の名前らしき人物が登場してくる そして、あの筒井さんの笑い声が行間から聞こえてきそうな筆運びに、「ああ、そうだった」と、往年の著者の表情を思い出した
故人となった東西の著名人が語り合う『カーテンコール』は、まさに、劇場の舞台そのものだ 悲しいことに、人生にカーテンコールはない だから、この『カーテンコール』での故人の遣り取りは、「あるある」の宝石箱になっていた
そして、最後の一話。韻を踏んだ『山号寺号』は独特で、この言葉遊びに笑いながらも、寄席というより、人生の大喜利のように感じられた
「これが わが最後の作品集になるだろう。」と、大きく書かれた本の帯には、吹き出しに、「信じていません」(担当編集者)とあった 読者もまた、「ああ、これこれ」と感じられる筒井さんの本と出合いたいと願っている
玄関先の柊に白い小さな花が咲き出した。香りをかぎながら、高齢となり、人生の冬の時季を迎えた作家に、ほのかに香るこの作品集を重ねてみた。