夕方の散歩は、太陽との競争だ 沈もうとする夕陽が、いつもより少し濃い光を放ち出すその前に、散歩を終えてしまわないと寒さが足許から忍びよってくるからだ 「灯ともし頃」がやって来る
散歩コースの一つに、中学校脇の道がある。校舎を見上げるコースでは、時折、いろんなことにであう 休憩時間(多分)に三階から外を覗いていた男子生徒は、道行く私に大きな声で質問を投げかけてきた。無視するのも可愛げないかなと私は大きく腕を上げ、歩きながら○×で返事を返したこともある テニスコート横では、夫が知っている子どもたちと短い会話をかわしたことも… 何かがあるかも知れないちょっとスリリングなコースなのだ
夜、明かりの灯る学校 年齢も職業もさまざまな人が、夜に集う学校 定時制高校を舞台にした小説が『宙(そら)わたる教室』(伊予原 新)だ
計算能力は高いけれど、文字の読み・書きが苦手な青年は、仕事に就くための運転免許が取りたいためだけに通っていた それを知った担任は、彼がディスレクシアだとわかり、彼用の地学のデジタル教科書を渡した 文章を追えたことの嬉しさに、彼の目に涙が滲んだところから彼の一歩が始まった
フィリピン料理店を夫とともに営む日比ハーフの女性 度々、起こして起こす保健室登校の女子高生。 酸素チューブをつけた妻の病室から高校に向かう老齢の男性は、町工場を営んでいた。
さまざまな〈今〉を生き、明かりの灯る学校の物理実験室に集う彼らは、やがて、担任とともに、物理の実験装置の作製と実験結果のデータ解析をし始める。
このランバート・クレーターの形成実験は、彼らの担任が定時制高校に科学部を創るという実験でもあった
火星のクレーターを再現するために振り下ろされた鉄球は、色分けした地層にどう影響を与え、そこから何が放出されてくるのだろうか 色分けした地層の上層部で、衝突によって一部色の逆転現象が起きたように、夜、この実験室に集まる者たちも、自らの心の混乱と、やがて自分の内に沈殿していくものの正体を見いだしていった
プリズムを通っていった光は、分散・屈折して進んでいく 担任という一筋の光は、物理実験室というプリズムを通って、それぞれの色を放ち、それぞれの道へと進んでいくのだった
ある日の夕方、校舎脇の道を歩いて行くと、近所の小学生たちが動きを止めて上を見上げていた。近づいてみると、家への引き込み線から紐をつけたテニスボールがぶら下がっていた 困っている様子に、ついつい近寄って行ってみると、なんと、縄跳びの端に独楽の紐をつなげ、テニスボールに巻き付けたものだった
それも、弾力のある紐 紐を離せば簡単にボールが落ちるとはいかなかった
格闘すること10分程 汗まみれの救出劇になってしまった