山の端は暗く沈んで、黒い稜線がつながるだけだが、黎明の瞬間を迎えると、わずかに稜線に色が拡がっていく。 そして、天空にも色味を帯びたグラデーションが拡がる
夜明けは、誰にでも訪れる。人生の夜明けは、何歳からでもあるのだ
『未明の砦』(太田 愛)の表紙にある夜明けの風景は、生きている者には見ることができるものだ
某自動車メーカーで一人の若者が亡くなった 遺された幼い子どもと妻は途方に暮れる それを知った生産ライン派遣工の班長は、心の内でもがくが、工場内には彼を見張る者がいた そして、彼も劣悪な作業環境の中で、適切な処置を受けないまま放置され、死んでいった この二人の死をもみ消す会社 それに対して疑問を抱き、その謎に迫っていた非正規の後輩たちがいた
休みに帰る場所のない彼らは、班長とともに、一夏を班長の亡き妻の実家で過ごした 花火やバーベキューといった今まで体験しなかったことを思い出として胸に刻み、近所の親戚のおばあさんの家の書庫で、「労働」や「法律」についてのたくさんの本とであう。 そこには、職場での不当な扱いが法律に違反することが書かれていた 互いに得た知識を持ち寄り、語り合ったことが、先輩へのせめてもの恩返しの土壌となっていく
政治家と癒着した企業。公安をも巻き込んで、彼らは「共謀罪」の対象として指名手配され、追い詰められていく
高い壁を乗り越えた時、その壁は、あなたを守る砦となる
1989年11月、ベルリンの壁が崩壊したあの映像を思い出す それは、国境の開放だけでなく、一つの国家体制の終焉をも意味していた。
物語も、急転につぐ急転大きな歯車が回り出す 公安とは別に、真実を突き止めたいと行動する組対の刑事、労組の人間や週刊誌の記者が駆け回る 会社が彼らの行動の正当性を消し去ろうとした時、窮地を救ってくれたのは、派遣の警備員と清掃員だった
声を上げた人間と、その傍らで「見て見ぬふり」をし、意識から遠ざけようとする人間。・・・現実世界でもよくあることだが・・・ 一人では作れない砦だが、共感し、行動を起こしてくれる周りの人眼がいてこそ砦は完成していく
これは物語だが、決して物語ではない「今」もある 大手の中古車買い取りの会社のにわかには信じがたい実態と保険会社との癒着 数日前には、大手芸能事務所の長時間の会見もあったばかりだ 告発する者を待つまで、公表されなかった大きな闇。 まだまだ、潜んでいるに違いない多くの闇に光が差すのはいつだろう