ある朝、雨戸を開けてテラスに降りようとした時、ふと、違和感を覚えた サンダルの近くに黒いシミが拡がっている
そのシミの上には、羽をばたつかせてひっくり返っているセミと、横には抜け殻があった
……えっ
ここで羽化したってこと
庭木がいっぱいあるのになぜ
…… よく見ると、片方の羽が伸びきっていない
バランスを欠いたセミは、黒いシミの上でもがいているように見えた。 急いで、近くにあったチリトリに入れ、植え込みの上に羽を上にしてそっと置いた。 そこでも、バランスが取れず地面に落ちてしまう
もう一度、落ちたセミを拾い、また、植え込みの上へ……幾度か繰り返したけれど、最後までは見ていられなかった
束の間でしかない誕生とその終焉
命が尽きる状況に不安と自分への恐怖を抱えた青年 小説の始まりは、そこからだった
『正しき地図の裏側より』(逢崎 遊)の冒頭は、泥酔し暴言を吐く父親を殴り倒し、雪
の降り積もった夜道の傍らに置き去りにする場面から始まる
働かない父にかわり、定時制に通いながら学費を払い、生活費を貯め、将来に備える青年
ある日、父は彼の大切な全財産を盗み、賭け事で負け、酒に酔い
身動きが取れなくなっていたのだった
動かない父を見下ろし、その場から立ち去った青年は、できる限り遠くへ、遠くへと逃げていく
公園のベンチで休み、公衆トイレで雨をしのぐ。 段ボールで家を作り、空き缶を探しては小銭に替える日々だった
そこで知り合った人の輪に入り、生き残る術を教えられることも多かった
大切にしていた腕時計を取り上げられ、放置自転車
を改造して使っていたものを盗られても、彼は文句を言わない。・・・・・・大切にされろよ
役立てよ
・・・・・・と願うだけだ
「世界
を悪者にしてはいけない」彼は、ノートにそう書いていた
やがて、建設現場の作業員として働き始め、そこで年配の人と親しくなった。彼が仕事が辛そうだと分かると、一緒に屋台を始めようと声をかける。屋台が軌道に乗ったかに思えた頃、その人から余命宣告を受けたことを告げられる 看病の毎日、「最後にお前に会えてよかった
」が、別れの言葉だった。 衰弱していく中で、彼は青年
に次の就職先を取り付け、通帳
も渡してくれたのだった。 ……そして、父は数年前まで生きていたという事実を知った
地図に載る自分の住所。自分という存在。 地図の裏側に居続ける必要もない
世界地図の中心に描かれるのは自分が住む国だ。 地球
は丸いことを知っていながら、自国を中心に据えた地図。 私たちが見ているのは、そんな地図だ。
今日は七夕 天の川となった星々
に何を願う