雨が降り続いた後、久し振りに外を歩く 公園に入り……一休みしよう……なんて考えていると……「ヒャー」 頭に大粒の水滴が落ちてきた ちょっと風が出てきたようで、そういえば、ザーッという風が渡る音も聞こえていたなあ……と見回すと、公園の入り口近くに大きな木が並んでいた
雨の後、少し気温が落ち着いてきた。木々も酷暑を乗り越え、生気が戻ったようで緑が濃い 微かな風のさざめきを耳にし、空気が清涼感を帯びてきたことを実感する
見上げるような巨木はウバメガシだろうか 神社の御神木なのか 太い幹はいろいろな表情を見せながら、天に駆け上ろうとするかのような勢いだ その大木の先までは見通せない 辛うじて、遠くに枝葉が茂っていることが見てとれる。
『われは熊楠』(岩井 圭也)の表紙に描かれる巨木は、南方熊楠という人物の人生の一途さを象徴したもののようにも受け取れる
熊楠は、和歌山の両替商兼金物屋の家に生まれ、幼い頃から「なぜかを知りたい」意欲に駆られていた 自分の中からうまれてくる別の自分 「われ」の中には、熊楠ではない熊楠が住み着き、しょっちゅう癇癪を起こしていた 自分に折り合いがつかないことを抱えながら、実家の援助を受けてアメリカやイギリスに渡り、「なぜ」を問い続けているうちに、「なぜ」のジャンルは動植物学・考古学、やがては、民俗学にも及んでいく
ほぼ独学で研究し続け、帰国後、和歌山県田辺で「粘菌」に辿り着く まだ未開のこの領域に足を踏み入れれば、頭からそれが離れない 独特の生態を持つ粘菌に、人間の生と死の意味を重ねてみる。 後年、昭和天皇に生物学御進講を田辺湾に碇泊した御召艦の上で行ったが、陛下に献上された粘菌は、桐箱ではなく紙製のキャラメル容器に入れてあった その熊楠らしいエピソードは、かつて訪れた白浜にある南方熊楠記念館にも記してあったことを思い出した
「寒靑」……エッセイストでもあった俳優・高倉健さん。彼の好きな言葉が、「寒靑」だった 四季折々、花を咲かせ、葉の色が変わっていく木々の中で、年中色を変えない松の木。冬の景色の中に立つ青々とした松の木。熊楠の生涯は、「われ」を探し続けた「寒靑」だったのかもしれない
ほのかに色味が変わってきたように感じる銀杏並木を見ながら、そう思った