ふと気が緩んだときに襲う喪失感と悲しみ。 | ブナの気楽な人生のすすめ。

ブナの気楽な人生のすすめ。

こころのせかいのイラストレーター。
今日よりほんのちょっとだけ、気楽な明日を迎えられるようなお話をお伝えしてみます。



連日悲しみの叫びを投稿してしまいごめんなさい。

気楽な人生のススメやのに絶望って感じで。


でも許す。こんな自分も私やから。

私が感じたままのそのままの気持ち書いてるから。

自分のブログやのに誰に遠慮すんねんって話で。

私も読み返すのつらいけど吐き出したい。

ノートにも書いてるけど。






2月1日(木)




ほんまにお別れの日



前日のお通夜は意外にも全然泣かんかった。


でもお通夜の前の休憩時間みたいなとき

会場で祭壇の前に納棺されてるばあちゃんと

ふたりっきりでいたらやっぱりさみしくて泣いた



お通夜の晩は私いれて6人で泊まり。


お母さん、おば、一番上の従姉妹とそのお子2人


で、私。あとばあちゃん。


お子2人は遊びまくっててくれて

うちら大人4人はお菓子食べながら晩酌

いっぱい喋れて楽しかった


葬儀場って寝にくいよな、毎回思うけど。

1時間ごとに目覚めてた感じ。ぐっすりは寝れない。



朝は7時に起きて顔洗って化粧して朝ごはん食べた

ローソンで買っといたなめこの味噌汁とおにぎり

なめこの味噌汁めっちゃ美味しかった



お葬式は11時からで、それまでに次々家族到着して

お葬式始まった。


お通夜と違ってなんか知らんけど最初ちょっと泣いた

でも後ろの席からおばの泣き声聞こえてきて

「(ウソ?!おばちゃん泣いてる?!)」ってなって

びっくりした。



焼香のときにみんなが順番に焼香してるの見て


“この作法とかお葬式とかこれはなんなんやろう”


“なんでこれをするんやろう”


ってだんだん考えることをしていた



ここに生きてる人が悲しみを体験するため

魂のいれものを残った家族でお返しするため

魂のいれものとお別れするため

悲しみを体験させてくれてる?

私の世界で演じてくれてる?

ばあちゃんお空の上で見てるんやもん

永遠の別れじゃないやん

もっと高尚な次元に戻っていったんやん

もういつでも一緒におるやん

肉体はなくなったけどずっと一緒やん

寿命ってほんまにあんねんなぁ

ばあちゃんは決めて生まれてきてんもんなぁ



そんな風なこと一生懸命考えた。

この日ほど、精神世界、内的世界のこと

知っててよかったと思ったことないわ。


気が紛れた。


お別れの時間になって

ばあちゃんに祭壇の花いれてあげた。

みんなで書いた手紙もいれた。


私過去2回この時間に大泣きしてきた

今回なんていちばん大泣きするんやろなと思ってたら

過去一、涙、出なかった


ばあちゃんの顔とか髪の毛にずっと触れてた

ここに納められてんのはもうばあちゃんじゃない

ばあちゃんやった魂の器やから

ばあちゃんはここにいないなぁって冷静やったみたいや


それより他の家族が大泣きしてたから

それ見て私は逆に冷静になったんかな

泣いたけど、涙はすぐ引っ込んで

ばあちゃんに喋りかけてた


ただ私ばあちゃん息止まったあの時間に

ダム決壊したみたいに大泣きした



そのあと焼き場行って

そのときも私、涙、思ったより出なかった

薄情やなぁ…なんて思わんでくれ

今だってさみしさで吐きそうになるんやから



ただ、焼き場まで行っちゃったらもう開き直って

ばあちゃん、魂の器、ついにお返しするんやな…

って私1人別のとこにおるみたいやった。



そのあとは焼き上がりまでご飯よばれた。

生きてる人間はこんな日でも食える。腹は減る。

変なの。

さっきまでみんなであんなに深い悲しみに包まれてたのに

談笑しながらごはん食べてるなんて。


それから1時間半ほど自由な時間。

お子たちと遊んだりしてたけどなんか息抜きしたくて

自販機にジュース取りに行って

そのままその静かなロビーでベンチに座って

頭真っ白にしてガス抜きした。

息整えたり思い出したりゆっくり休んだりして

30分くらいひとりでぼぉーーーーーっとしてた。


これってめっちゃ大事な時間やったと思う。



骨揚げの時間になったからまた焼き場まで行った。

ばあちゃんの骨ほとんど無かった。スカスカ。

歯、抜いてはるときに


“ばあちゃん奥の歯ないからよー前歯で噛んどったなぁ”



って思い出した途端に涙止まらんくなって

いまここで?!ってなるやん?私はなった。


ずっと骨痛い、腰痛いとか言うてたなぁ

こんな細っこい骨で最期まで力強く歩いてたんや

こんな細っこい骨で最期まで痛みとしんどさと闘ってたんや

しんどかったやろ、痛かったやろ、

ばあちゃん必死に頑張っててんなぁ



ってなって生きてた頃のばあちゃん思い出して

もーーーー涙全然止まらんなってしもた

しかも私以外誰も泣いてない。



すべて終わって家に帰ってきて

家の中ガランとしすぎててなんとも言えんつらさ

遺影が3つに増えてばあちゃんがいなくなって

また実感した。痛すぎるほど実感した。

ほんまにいなくなっちゃったんや…

おとついまでまでベッドにおったのに

洗濯物もそのまんま干してあった。

家の中はばあちゃんのものだけそのまま残ってて

ばあちゃんだけがおらんかった。


なんで?どこいったん?

おばちゃんのときもそんな風に思ってたなぁ


お子たち3人がばあちゃんの祭壇で木魚とかで遊んでて

6歳、4歳、2歳

あぁばあちゃん、さみしくないなぁ


「よし、子どもたち!ばあちゃんにお参りしよ!」

「いくでぇ?ばあちゃん、ありがとう!」


って私が両手あわせて拝んだら

お子たち3人手合わせて


「「「ばあちゃんありがとう」」」


いとおしかった。




次の日仕事やったからもうこの日で私は帰ることに。

ほんまは泊まりたかったけど

みんなでハグしあってお互いねぎらいあった


泣いた。


みんなの愛があったかかった。嬉しかった。

ばあちゃん死んだときも大泣きしてた私を

お父さんがめっちゃ抱き締めてくれたし

おじ(兄ちゃんって呼んでる)も抱き締めてくれた

みんなの愛があったかかった。嬉しかった



お通夜お葬式もさ、本来悲しみの儀式やけど

なんか楽しかった、で毎回終わってるな


不思議やけどこれが家族の愛かなぁ。


葬儀場には二度と行きたくないけど