「あのひと...」


「ん?誰か好きなヤツいんのか?」

「すきっていうか、憧れ、みたいな?」

「おう、じゃあ、ソイツの名前で呼んでくれ」

「んー、それが、名前は知らなくてさ」

「お前の好きな人間なんだろ?」

「いやだから、好きとかじゃなくてぇ...」

「おぉ...なんかすげぇいい顔してる。ソイツのこと想ってるお前、すげぇいいよ、めっちゃいい!」

「なんだよそれ、ハズイじゃん、やめてよ」


天使くんが俺の顔を覗き込んでニコニコしている。
それをぐいぐい押しのけて誤魔化しているが、天使くんに言われて意識しちゃったら顔が熱くなった。



思い出したのは、近所のクラフトビールのバーでたまに顔を合わせる、あのヒト。


バーで会うときはいつもカウンターで横並びだから、真正面から向き合って飲んだことはない。ただ、いつもお互いに一人で飲んでるから、なんとなく顔見知りになって、グラスに視線を落としながらポツポツと会話することがあるだけ。ジャケットを腕まくりをしているその人は、よく磨かれたオーク材のカウンターにのせた白い腕がとてもキレイで、見とれてしまうこともしばしば。グラスをもつ手は細くのびやかでちょっと深爪気味。そんなところが身だしなみに気を使っている事がわかって好ましい。控えめだけどとても価値のあるものだとひと目でわかる時計も印象的。

かすれるような低い声。

普段はどんな風に話すんだろう。
時折目が合えば、優しく見つめてくれる深い色の瞳。

明るい場所で見てみたいなと思う。


ドキドキして話がうまく続けられないのが情けないけど、あの店の雰囲気に助けられてる。余計なことをしゃべらなくてもいいから、オレも落ち着いた大人のフリで並んで座っていられるのがひそかな楽しみ。


今夜も飲み行こうかなぁ。
会えるかな、あの人に。






「おい...おーい!相葉雅紀!もどってこーい!」


オレの顔の前でひらひらと手を振る天使くんをみて...気づいた。


「あぁ、キミ、あのひとに似てるのかも...」