本当はこれからゆっくり話をしたかったけど、櫻井さんが店に来た時点で、もうずいぶんな時間だった。
オレは明日もいつも通りの仕事があるから、ものすごく名残惜しいけれど、そこは大人の分別。
先に帰ることにした。
櫻井さんが『送る』なんて言い出すものだから、さすがにそれは丁重にお断りして、でも、明日、ゆっくりご飯を食べましょうって、約束をしてくれた。明日は『万難を排して、必ず!』と、やたら真面目なのがなんだか嬉しかった。
「じゃあ...改めて、お友達から...お願いします、しょ、う、さん」
「...お友達『から』ってことは、この先を期待していいってこと?...俺と、雅紀の」
「...ひっ!?」
「ははっ!なんでその反応になるんだよー!!ほら、俺のことも、ちゃんと、翔って呼んでよ、雅紀!」
「しょ.........うわー!なんかはずいはずい!!!」
いきなりの雅紀呼びにもうオレは驚いて、嬉しいやら照れるやら。
名前で呼びたいと思っていてもいざとなると、思いのほか恥ずかしすぎて両手で顔を隠すことしかできない。
そんなオレたちのやり取りを、潤さんはからかうこともせず嬉しそうに見守ってくれていた。
ぶらぶらと酔いを醒ましながら歩きだす。
手には小さな小瓶。
月明かりにかざせば、小瓶の中の液体がゆらゆらと意思を持って揺れているよう。不思議と目が離せない。
帰りがけに潤さんはその小瓶に入った真っ赤なシロップをくれた。
あの赤いジュースの素だそうだ。
炭酸で割ったり、ビールにいれても美味いよって。
翔さんは媚薬だって疑ってるからこっそりね、って言いながら、とんでもなくかっこいいウインクを決めてくれた。
うーん...潤さんも相当かっこいい。
頭撫ぜてくれたのは嬉しかったな。
オレがやけ酒みたいなことになっているのまでわかってくれてた。説明できない浮き沈みを察することのできる人は、一緒にいてとても楽だ。
そんなふうに、潤さんの優しさも心地よかったなぁなんて思い出しながらふわふわとしていたら。
「おい、雅紀!だいじょうぶか!!!」
「あ、しょーちゃん、どこいってたのー」
「ずっとそばにいた...と、言いたいとこだけど、ヤツに負けて飛ばされてた、ごめん!」
「は?ヤツに負けて??飛ばされてた???どういうこと」
「...あのさ、なんか変な事言われなかった?...その......俺、に」
「何その奇妙な言い方...えー?変って言うか、しょーちゃんがやたらに潤さんがどうとか言ってたなぁと思ったけど」
「うわっ!それ!ソイツ、『大罪』だ」
「え、しょーちゃんじゃないの??」
「うん、ごめんな、負けちゃって...でも、マジで雅紀が無事でよかった...よかった.......」
ぎゅっと抱きつかれて、泣きそうな顔でそういったしょーちゃんに
「アレが大罪?それならオレ、大丈夫だったよ。ちゃんと、向き合った。修行成功?レベルアップできたんじゃね?」
って、言ったらもっとぎゅーっとしてくれた。
よしよしって撫ぜてやれば、しょーちゃんは頭をぐりぐりを肩口に擦り付ける。
可愛いヤツめ。
人目をはばからず...とはちょっと趣が違うけど、人に見られることがないのをいいことに、しょーちゃんはコアラみたいにオレの体に手足を回してしがみついている。
不安だったのかな。
大罪と戦って、今回は負けちゃって。
オレはそんなしょーちゃんのぬくもりを楽しみながら、櫻井さん...翔さん、との、明日のことを考えながら夜道を歩いた。