「あぁ...久しぶりに見たな...」
すこし冷たい朝の空気。
気持ちのいい秋晴れ。
空が高くなり、どこからともなく香る、金木犀。
優しく辺りを包む甘い香りを味わいながら深呼吸をする二郎。
今日は休日。
兄弟全員で家の片付けやら掃除やら。
不器用で片付けが得意ではない二郎の役目はもっとも単純で、力仕事である布団干し。兄弟全員分の布団を干し、続いて縁側で座布団をパンパンと叩いていると。
ソレ、は現れた。
【小さいおじさん】の姿をした、ソレ。
ふっと、ときおり現れる。
二郎が先程『久しぶり』と言ったのは、この【小さいおじさん】のこと。
これは世間では感性が鋭い人達が言う『小人』『妖精さん』とかそういう類のものだと二郎は受け入れている。
今日は自宅の庭の木陰に置いてあるベンチにいた。
【小さいおじさん】が現れるのは夢の中だったり、現実に仕事に向かう途中でふとすれ違ったり。
まさに神出鬼没。
こう言うと、何か怖いハナシや奇妙な世界になりそうな様相もあるが、二郎の中でこの存在はそういうモノではない。そして、二郎は決して、いわゆる『不思議ちゃん』でもない。
ただ、その存在を、受け入れているだけなのだ。
ソレはこのところ、しばらく姿を現さなかった。
出るか出ないか、法則などはわからない。
そんなおじさんとの久しぶりの再会に、二郎はなんともいえない嬉しさを感じていた。
再会、といっても、おじさんは誰なのかもわからない。
誰、という人間と認識もできないなにか。二郎は幽霊オバケの類においてのカンはまったくなく、そしてそういう話題自体が苦手で受け付けない。
が、この【小さいおじさん】だけは、なぜか思春期のある時から感じ取るようになり、自然に受け入れていた。
「あら、じろちゃん、ぼんやりしてどうしたんですか?仕事してくださいよー」
いつもはタイムアタックかのように効率重視で動く二郎が珍しくぼんやりしている様子が気になり、縁側の二郎に四郎が声をかけた。
「どうしたの?なにかトラブった?」
「あ、なぁ、四郎、そこに【小さいおじさん】きてる」
「え、来てるの?」
「んー、さっきからそこに」
「あ、ほんとだ」
【小さいおじさん】の存在は、兄弟全員が共有している。
それぞれが、見えているのだ。
具体的にどう見えているのかを確認しあったとき、共通していたのは「キャップとサングラスをした小柄なおじさん」だった。
その【小さいおじさん】が、今日、来ている。
一郎が絵描きの旅に出てしまうものだから、なかなか兄弟がそろうタイミングがあまりなく、こうして全員がいる時に【小さいおじさん】が来ているのは久しぶりだった。
四郎は得意のぶりっこスマイルを【小さいおじさん】に向け、『どーもー』とかなんとか言いながらひらひらと手を振った。おじさんはそれに応えないが、そういうものだと四郎はわかってやっている。からかいではなく、親愛の情から。
「ちょっと2人とも!サボってないで働いてよー?」
掃除のために移動させた棚や置物をせっせと元の場所に片付けている末っ子の五郎。いつの間にか掃除の手を止めて縁側に佇む二郎と四郎の背中に部屋の奥から声をかけた。このふたりが一緒にいると、彼らにしかわからないテンションでふざけ始めるものだから、五郎はふたりがそうなる前に、今日のそれぞれのノルマは果たしてもらわねば、と息巻くのだ。
「ねえ、四郎、あと二郎くんも、手ぇ空いてるなら絵飾るからまっすぐになってるか見てよ」
「はいはい、じゃあ、おじさん、ごゆっくり~」
「え?おじさん?おじさんってもしかして【小さいおじさん】?来てんの??」
「ええ、いますよ、そこに」
指さす先をみて嬉しそうな五郎。
「うっわ、ひさしぶりじゃん!おじさん元気?」
と、これまた五郎も四郎と同じく返事はなくとも話しかけるのだ。
こうなると、全員でおじさんを共有したい。
二郎は兄の気配がないことに気づいた。
「あれ、兄さんは??」
「いち兄、たぶん寝てますよ、まったく」
「あ、うん。一郎くん、寝てた」
「寝てたってなんだよ(笑)五郎は兄さんに甘いよなぁ」
「ほんとよねぇ!」
「ねぇぇええ!」
「ほらだって、五郎さんってばこないだ一郎さんから『結婚しよう』とか言われてたんだから!」
「まぁぁああ!」
と、二郎と四郎のコントが始まりそうになり、五郎は
「もぅ!わかったわかった!!一郎くん起こしてくる!その間、二郎くんと四郎は遊んでないでここの片付け続きしといてよね!」
と、2人のノリを遮るべく、仕事を任せて一郎の部屋へ向かうのだった。
そこへ、ガチャガチャと自転車を止める音も元気よく帰ってきたのは三郎。
「ただいまー!飲み物買ってきたよー!......ん?.....あ!!ねぇ、もしかしてー!!」
と、玄関から賑やかにバタバタと走ってきたかと思えば
「あー、やっぱり!おじさん!!今日来ると思ってたっ!」
と、三郎が意外な発言をした。
「やっぱり...ってどういうこと?三郎さん、アナタこのおじさんがいつ来るか知ってるの?」
「ううん、わかんないよ。わかんないけど、今日は来るのわかってた!なんとなく!」
四郎にとって三郎も頼れる兄のひとりではあるものの、カンと勢いで押し切るようなことも少なからずある所がどうにも心配で仕方ない。だが、いつだってそれを隠すように四郎は三郎へ悪態をつき、二郎へ水を向ける。
「わかるとかわかんないとか、何言ってるかさっぱりですよ、まったく。二郎さん、この人の言ってることわかります?」
「あははは、わかんねぇ!さぶのカンは俺にはさっぱりわかんねぇなぁ」
と、四郎の心配の隠れ蓑にされる二郎。
「強いカンはあんま嬉しくないこともあるけどねぇ。でも、じろーちゃん、このおじさんは平気でしょ?」
「おぅ、なんでかわかんねぇけど平気だな、何モンかわかんねぇけど、悪いもんじゃないってことはわかってるし」
「あれ?じろちゃんに言わなかったっけ?」
「......?なにを??」
「あのおじさんが、オレたちを兄弟にしたんだよって」
「「「.....は?」」」
二郎、四郎、五郎が、ハモる。
起きてきた一郎は、『あぁ~、さぶは昔そんなこと言ってたなぁ』と、呑気に欠伸をしていた。
「ちっせー頃にさぶが言ってたんだよ『ぼくたちはあのおじさんに呼ばれて5にんになったんだよ』って」
「え?三郎さん、それは初耳なんですけど?」
「そうだよ、三郎くん、なんで教えてくれなかったの?」
四郎と五郎に詰められる三郎だが
「ごめんごめん、知ってるもんだと思ってたぁ、あはは」
と、悪いとも思ってもなさそうに返す。
「オイラがさぶに言ったんだよ『おじさん来てても二郎くんが怖がるから内緒にしとけ』って」
「え、まってまって!てことは、俺がおじさんに気づいた時よりずっと前からいたの!?」
「うん、内緒にしててごめんね、じろちゃん」
「いやまぁ、兄さんとさぶの気遣いだし、それはありがとうなんだけどさ...うそだろ......」
二郎がおじさんに気づいたのは中学生の頃だ。
「ワタシたちもこどもの頃から知ってましたよ、おじさんがいることは、ね、五郎くん」
「うん、やっぱり一郎くんが『二郎くんが怖がるから黙っとけ』って言ってたから言わなかったけど、ね、四郎」
二郎は兄弟たちの気遣いに感謝しつつ、先程の三郎の言葉が気になっていた。
「なぁ、三郎、さっき言ってたこと、どういうこと?」
「そう!三郎くん、詳しく聞かせてよ!」
「わかるように話してくださいよ?」
「『おじさんに呼ばれて~』ってハナシ?えー!いっちゃーん!オレなんて言ってたー?」
「いやいや、オイラだってそんな詳しく覚えてねぇって!」
「んー、胎内記憶、みたいなもんなのかなぁ」
うーん、と5人そろって縁側から木陰のベンチに座るおじさんを眺める。
「なんで5人が兄弟になったかも気になるけど、まあ、こうやっていつまでも5人でいられりゃいいじゃねーか」
「ん、そーだね」
「うんうん!そう思う!!」
「三郎さん、軽いなぁ」
「ふふ、とか何とか言って、四郎が1番嬉しそうだけど?」
「オレこの5人で兄弟になれて嬉しい!四郎だってそうでしょ?」
「まぁ、そりゃぁ、出会えてよかった...ですよ?」
「おじさーん!5人を兄弟に選んでくれてありがとねー!」
「ありがとうございまーす!」
「ありがとね!」
「まぁ、なかなかのメンバーですよね」
と、それぞれが声をかければおじさんは、ふっと、消えた。
「あ、消えた」
「またそのうちくるっしょ」
「だね、また5人揃った時に来て欲しいよね」
何気なく空を見上げれば、そこには抜けるような青空。
柔らかな陽の光がキラキラと5人を包む。
同じ時間を一緒に過ごせることの尊さと幸せ。
口には出さないが、それぞれに噛み締めている5人なのだった。
「よーし!さっさと片付けて今夜は宴会だな!」
「「「「「おーーーーっ!!!!!」」」」」
今日も明日も明後日も。
5年、10年、その先も。
ずっと仲良く、ずっと一緒に。