続けて飲む気にもなれず、かといって帰る勇気もなく。
赤いジュースを眺めながら、ぼんやりと過ごす。
どれほど時間が経っただろう。
何人かのお客さんの出入りがあって、扉が開くたびに顔を向けては落胆するのにはもう飽きた。
明日も仕事だし、そろそろ帰るのが大人の判断。
これまでだってそうしてきた。
誰といたって、引き留められたって、ハイハイとかわして自分のペースを崩さずにさらっと帰っていたのに、いまは、誰に引き留められるでもなく、ただ、自分の意思でここに座っている。
...自分の意思、か。
ここにいたいのか、帰りたいのか。
櫻井さんが来るまで待ちたい。
でも、結局来なかったら。
帰った後に来てしまったら?
そんなぐるぐると答えの出ない想いを抱えて、カウンターに突っ伏した。
そんなオレのあたまをふわふわと撫ぜる感触。
あれ?
しょーちゃんじゃないな、この手。
こういう時、わりとそばにいてくれるしょーちゃんが、いまは来ない。
あの子なりになにか考えているんだろうな。
優しい手。
この香りは......潤さんだ。
「じゅんさん...オレもう帰った方がいい?」
「ふふ、相葉さん次第でしょ、それは。無理に飲まなきゃ、いつまでもいてくれていいですよ」
「...なにそれ、普通お店の人なら『飲まないなら帰れ』なんじゃないの?」
「あ、そうだね、お客様に対しては、そうなるね」
「......わかった。オレは潤さんからお客さん扱いされてないってことね。きっと、いい意味で」
「それ、自分で言っちゃうのね(笑)」
「うん、いっちゃう...いまオレすげぇヘタレてるから、なんかいい感じのことで救われたい」
「弱ってるなぁ...いいの?僕、そういう時につけこむの、ためらいないよ?」
「...ん」
ヤバイ。
ひさしぶりのこの落ちよう。
それこそ高校時代。
初恋を認識した相手に彼女が出来た時以来の。
そうだ。
あの時は、それならずっと友達のポジションでいよう、と思っていながら、彼女との進展を報告される度に傷ついてた。聞かなきゃ良かったんだと今なら思う。なにも自分からそんな思いしなくたってよかったのに。
それに気づいてからは以来、恋を遠ざけてきた。
だからもはや耐性など皆無。
こうやってちょっと優しくされたら、節操なく甘えたくなるくらいには、ダメになってる。
「相葉さん、このまま閉店までいる?」
すっかりお客さんの出入りが落ち着いた店内。
潤さんはいつの間にかカウンターから出て、オレの隣で自分用のウイスキーを飲んでいた。
まるでオレの頭を撫でるのをつまみに飲んでいるみたい。
髪を指に絡めたり、耳を優しくなぞってくれたり。
「.....じゅんさん甘いね......」
「気になってる人は、軽率に甘やかしていく主義なんで」
気になってる人、か。
オレは櫻井さんが好きだよ。
あの瞳の中に映りたい。
白い首筋に唇を這わせたらどんな風に啼いてくれるかな。
オレも櫻井さんを甘やかしたいな。
どんな風に溶けてくれるんだろ。
こんなヨコシマな気持ち、櫻井さんに向けたら引かれちゃうかな。
ジュースを飲んだとて、酒の抜けないアタマにいろんな想いが巡る。帰らないと明日は仕事だとか、櫻井さんにもう一回連絡してみようとか。このまま潤さんに甘えたって誰に迷惑がかかるんだ、とか。
左肩が熱い。
いまオレは何かの『大罪』に向き合っているのだろうか。