『しあわせ』
これまで生きてきて、わざわざ『オレは幸せか否か』なんてこと、真剣に考えたことなんかなかった...かも。
だって別に、そんなこと考えなくてもたのしかったし。
え?
そもそも『しあわせ』と『しあわせじゃない』がわかんない。
ってくらいには、しあわせってこと?
仕事は嫌いじゃないけど、そこそこでいいし。人間関係だって悪くない、給料も不満はなく、衣食住に不自由はない。特別ハマっている趣味やこだわりはないが、欲しいものは適度に買える。美味いもの食べて飲んで、休みの日は昼まで寝て。たまに遊び程度に男を抱いたり、女を抱いたり。
これって、いわゆる『しあわせな人生』って、言えるよな。
なんてことをボンヤリ考えながら、件のバーで薄いハイボールを飲む。
いつもの仕事帰りの時間より少し早く店にくれば、来るたびに恐ろしく顔がいいと思っているイケメンマスターがいつも通りに迎えてくれた。『どうしたの?』と珍しがられたが、曖昧に笑っておけばそれ以上聞かないでくれるのも居心地の良さのひとつ。
今日はあまり酔いたい気分でもなかったから、普段は頼まないナポリタンも一緒に注文してみた。
「んまっ!」
「ありがとうございます。いつか召し上がって欲しいと思っていたんです」
「もっと早くたのんどきゃよかったです。これからはここでメシも食えるな」
「はい、ほかにもおすすめたくさんあるのでぜひ」
と、メニューをみせてもらうと、おしゃれなラインナップのなかに、正体不明、異色のメニュー。
「...はま、ぐり??」
「あ、気になっちゃいました?(笑)」
「はい、はまぐりって、あの、貝の?」
「そうです、ご想像通り、貝の、です」
「『はまぐりのナントカ』って料理じゃなくて、『はまぐり』なんですか?」
「正確に言うと、『本日の貝』なんです。ワケあって『はまぐり』って書いてますけど、そのときの仕入れとご注文くださるお客様の様子によってメニューが変わるんです」
「へぇ、誕生秘話も気になるな、じゃあ今度仕入れがあった時に注文してもいいですか?」
「はい、ぜひ。誕生秘話なんて上等なモノじゃないですが、お食事していただく機会が増えれば、そのうちわかると思います」
そんな話をしつつ、また絶対に頼もうと決めたナポリタンに夢中になっていたら。
「あれ、こんばんは!珍しいですね、この時間、しかもナポリタンだ!」
「あ...」
気になっている、憧れの、あのヒト。
「こんば...んっ!ゴホッ、ゴホゴホ!」
「わー!ごめんごめん!ゆっくり食べてください!」
慌てて背中をさすってくれたけど、その手の温もりを意識したら余計に胸が詰まりそうだ。
「んんっ、だ、大丈夫です...」
「おどろかせてしまって、すみません」
「いえ、ボクも大げさにむせてしまって、失礼しました」
「あー...」
「?」
「あ、いや、いっつもなんとなく話するのに、そういえば、お名前を伺ったこともなかったなって」
なにこれ、こんなタイムリーな流れ、アリ?
と、ごそごそとポケットを探る彼の動きが『あ、』と何かに気づいたようにハタとまる。
「仕事じゃないから、いらねーか」
「え?」
「いや、ほらついつい名刺交換ってアタマになったけど、ちげぇよ飲み友達だよって」
「飲み友達」
「で、いいですよね?俺は翔です、櫻井翔」
「さくらい、しょう、さん」
「はい」
「あ、ボクは相葉雅紀です」
「相葉さん」
そういって、オレの目をちょっと上目遣いにじっと見て、ニカっと笑う彼、櫻井さんの笑顔に心臓がどっきんどっきんして、え、これ、なに?オレなんかおかしくなった?って、変な汗が止まらなかった。