ふと周りを見渡せば、店にはオレと潤、そして、バーテンダーの彼だけ。
「ごめんね、翔さん、人払いをしたんだ。強引で申し訳ないと思ったけど…」
「人払い?」
「そう。翔さんを独り占めしたかったし、再会を邪魔されたくなかった」
だから、と潤の言葉に続いて、まさかのバーテンダーの彼。
「オーナー、今日のところは帰りますね」
「うん、申し出を受けてくれて本当にありがとう、お名前を聞いても?」
「雅紀です」
「……えっと、どういう……」
「潤さんが先ほど、この店を買い取ってくださったので」
「え、か、買い取る!?」
「うん、だから、翔さんはこの店に来ることはもうないんだよ」
「え?」
戸惑う俺を置き去りにして、潤とバーテンダーの雅紀、が、話を進めていく。
「では、潤さん、ご連絡をおまちしています」
「はい、大切なものだけまとめておいてください。身の回りのものは国が用意しますから」
「承知いたしました。彼の地でお会い出来る日を楽しみにしています、陛下」
「僕もです、でも、陛下はやめてね、潤でいいから」
二人の会話、どうにも解せない俺は潤に問いかけた。
「なぁ、どういうことか、説明してくれる?」
「翔さんには我が国でこの先の人生を過ごしてもらうのだから、少しでも馴染みの環境があった方がいいなと思って。この店ごと、国に持っていくよ。もちろん、バーテンダーの彼も込みでね」
「は、え?……みせを、もっていく?」
「そんなに驚くこと?」
「いやいやいや、あまりにも現実離れしてて」
その言葉に潤が楽しそうに笑う。
「翔さん、現実離れってことば、本当に言ってる?あなたがどれほど現実離れしていることを受け入れたか、忘れてないよね?」
「あ……たしかに、仰る通り」
嬉しそうに楽しそうに、そしてなにより、幸せそうに笑う潤を目の前にしたら、この男がどこかの国の王様だなんてすっかり忘れてしまっていた。
こうしてこの先、ふたりで笑いあって生きていくんだと当たり前に受け入れている。そしてさらに次の世代のどこかで、いつか笑ってまた再会できたらいいな、と。
「ねぇ、翔さん、聞いてもいい?どうしてカサブランカを選んだの?」
「潤を見ていたら、あの気高い花が思い浮かんだ……それだけなんだ。選んだ理由を期待させたら申し訳ないが、大層な理由はないんだよ」
「そうなんだ……それなら尚更嬉しい」
「どうして?」
空になったカサブランカのグラスに敷かれたコースターの裏をめくる。
【Happybirthday】
手書きのメッセージが現れた。
「ハッピーバースデーって、もしかして、今日は潤の誕生日なの?」
「うん、カサブランカは、8月30日のバースデーカクテルとも言われてる。ふふ、雅紀さん、とても優秀なバーテンダーだね。やっぱり一緒に口説き落として正解だった」
店に入り、俺を見つけた瞬間に、潤は絶対に俺を連れて帰ると強く思ったのだそうだ。その気持ちを汲んだ側近たちは、ここが運命の場所になるだろうからとバーテンダーの彼─雅紀─をまずは説得したのだそうだ。事情を話して店を買取り、場合により国へ着いてきて欲しいと、報酬は思うままに、と。
「本当に王様なんだなぁ……」
「否定はできないけど……翔さんの前では、王様じゃなくて、あなたの伴侶として向き合ってほしいんだ。だから、僕は今からあなたに、とても大事なことを伝えなきゃならない。」
そうして潤はイスに座る俺の前に膝まづいて、両手を握る。
何かを言いたげに浅い呼吸を繰り返して、どうにか落ち着こうとしている。
彼の緊張が伝わる。
大丈夫、俺はもう決めているから、だから。
「潤、愛しているよ、だから大丈夫。」
「ああもう……迎えに来た僕にカッコつけさせてよ」
「何言ってるんだよ、まちあわせ、だろ?」
「ふふ……うん、そうだね」
そして居住まいを正した潤は、静かに、そして強く。
「翔さん、愛しています。僕と生涯を共にしてくれませんか?」
「喜んで。」
誓いのくちづけはやっぱり俺からしよう。
だって俺は、待っているだけのお姫様じゃないのだから。
潤に似合いの伴侶となるために。
おしまい