「これから僕が話すこと、笑わないで聞いてくれる?」
「もちろん」
潤の目元が赤く色づいていく。
この美しい存在が涙をこらえる姿に、自分でも意外なほど彼への欲が芽生える。その気持ちのままに、彼の頬へ手を添え、目元を親指で撫ぜてみれば、手のひらへ擦り寄せる仕草が愛おしい。出会って間もないのに、俺自身が自分の感情を疑うほどに気持ち昂る。
しかし、そうだ、今日はいつもの俺ではない。
レールを外れた、いつもの外側の俺。
そう思えば潤の話を聞く余裕もできた。
「あのね、翔さん」
潤が話したことは、まさに御伽噺。
ベッドでまどろみつつ聞き流すのがふさわしいような。
潤はある国を治める王となることを決意した。
だが、そこには厳格なしきたりがあり、王族は司祭の示す占いによって生涯のパートナーを選ぶのだという。とはいえそれは、あくまで宗教的な意味合いが強く、『王に選ばれた象徴』であればよい。だから性別も年齢も国籍や出自も問わない。だが、選ばれた相手がどこの誰とも、お互いにわからない。選ばれたから、と、突然そんなことを言われてその対象者は素直にそれに従うわけもなく、過去には誘拐、監禁、薬など、あらゆる手段で国へ連行していた。
「うそだろ...そんな国がこの時代にまだあるのかよ」
「残念ながら、これは本当の話なんだよ」
「潤が、その国の王になる、と。」
「そう。僕はせっかくなら、出会えたその人をちゃんと愛したい。王と象徴としてだけでなく、互いに人として。国だとか政治の道具みたいにしたくない。だから、僕自身も愛されるように努力する」
「...俺の考えている事、言ってもいいか?」
「うん」
「潤は、その選ばれたパートナーに会うために、この日本にきた、と」
「そうだね」
「...もう、その人には会えたの?」
「その答えは、僕の話の続きで聞いてもらってもいい?」
「ああ、聞かせてくれ」
司祭の預言は、時間と場所、それだけなのだそうだ。
しかし、その場所で必ず、会える。
導かれて、そして互いにわかる、と。
「互いに?」
「そう。それは必ずしも好意や親しみではないのだけど」
「どういうこと?」
「過去には顔を見た瞬間に殴りかかった人、とにかく泣いて謝った人、などがいたらしい。なぜなら選ばれた人は、遠い遥かな過去の時代に、建国した時の王の伴侶だった人の生まれ変わりなんだ。もう伝説とか神話の領域だから、僕たちには宗教として信じるしかない。無理は承知。その前提で探しに来る」
「生まれ変わり、か」
「生まれ変わりを繰り返していると、中には過去の記憶が強く引き出される人もいたみたい」
「それで、泣いたり怒ったり…って、こと」
「そう。前の世代で、どんな風に別れたかによるのだそうだよ」
どんな風に、別れたか…か。
「…泣いて別れるのは、嫌だな」
俺はなにか意識したことでもなく、ただ心に浮かぶ想いを伝えた。
「潤を残して逝くのは、つらかったけど、」
「……?」
「最期に見た光景が、お前の笑顔だったから、俺はいま、泣かずにいられるんだな」
「翔さん……」
「潤、ひさしぶりだな」
「しょう…さん…?」
目元に溜まる涙を指で拭ってやる。
「せっかく会えた今、泣いてちゃダメだろ」
「だって…こんなに当たり前に時間が動き出すなんて思ってなかったから……」
「俺も、ほんの少し前まで、なぜお前のこと忘れていられたのか不思議なくらいだよ」
「翔さん、また会えて嬉しい…」
「あぁ、俺もだ」
お互いの出会いの奇跡と必然に胸が熱くなる。
潤を一目見たときに感じた懐かしさの理由は、俺の魂にあった。
そして、導かれた2人。
再会の喜びが、静かに身体を燃え上がらせていく。
「翔さん、キスをしてもいい?」
「構わないが、この店に迷惑になるのは困るな。またここに来たいからね」
「ありがたいお気持ちですが、残念ながら、それは叶わないかもしれませんね」
「え?」
バーテンダーの彼がガス入りのミネラルウォーターの瓶をもってきてくれる。
2人分をグラスに注いでくれた。
「今夜はこの店であまりお過ごしになられませんよう、お水を召し上がったらお帰りくださいね」