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「ねぇ、智くん、どうしたの?……智くん?」




いきなり智くんに腕を引かれて、引きずられるように森の奥へ連れてこられた。



こちらを見ないでどんどん進む智くんに急に不安になる。


俺、なんかやらかした...?





「ごめん、なんか、気に障ること、しちゃった...かな」




はしゃぎすぎたかも知れない。


『楽しみにしていた』と言ってくれたとは言え、ここは智くんにとっては仕事をする場所だ。いくら恋人だからといっても、ただのやすみで遊びに来たやつにうるさくされたら気も悪くするよな。



謝ろう。

そして、智くんと楽しく過ごしたい。





「あの、さ・・・」

「翔くん」




智くんは俺を遮って、足を止めた。





「あ、はい」

「......ごめんな、急に」

「ううん、俺こそ、ごめん、なんか調子乗ってうるさくしちゃて...嫌だったよね。ごめんね」

「......」





智くんの背中を見ているのが切なくて、寂しくて、そっと背中に触れる。掌に伝わる、思ったよりも熱いカラダに心臓がどきんと跳ねる。自分の鼓動の速さを感じつつ、声が震えそうになるのを抑えてゆっくりと話しかけた。




「智くん、俺ね、今日、ものすごく楽しみで。ずっと一緒にいられて嬉しいなって...思って。ここが智くんにとって仕事をする場所だってこと、忘れちゃってた。ほんとごめん」



言葉を選んで、気持ちをこめて。



どれくらい時間がたったか。
ほんの一呼吸かもしれない、でも、とても長く感じた沈黙。



ふと、智くんの背中に触れた手に、彼のため息の気配。



こんなに近くにいるのに、体温を感じることもできるのに、智くんの心が遠ざかる恐怖に言葉を継ぐことが出来なくなった。


仕事でいくらでも気難しい人を相手にしてきたし、不利な条件でも優位に商談を進めるように言葉巧みに話をしてきた。俺なりに誠実に人と向き合ってきた。


なのに、なんだよ、このザマ。

智くんになんにも伝えられない。

情けなくて泣きたくなる。



うまい言葉なんかなにも考えられない。
ただ、こどもみたいに稚拙な言葉を吐き出すしかなかった。




「さとしくん...ほんと、ごめん...俺、智くんに嫌われたくないよ」