「智、いま、いい?」
「ん、おいで」
バーナーで素材に熱を入れてる。
真剣な眼差し。
俺の好きな、青い炎の映る瞳。
しばらく続く無言の時間。
バーナーから漏れる空気を巻き込む炎の音だけが聞こえる。
不躾に智をじっと見つめても、彼は作品に集中している。
そうして俺だけが知っている智の姿を目に焼きつける。
いま、しあわせなのだ、俺は。
「よし・・・おまたせ、コーヒーでも飲むか」
「淹れるね」
「おう、ありがとな」
いつもの俺の、カップ。
智が俺を想って俺が使う為だけに彫金してくれた、俺のカップ。
出会った時に作ってくれた。
コーヒーを渡して、隣に座る。
智がコーヒーをひとくち含み、深く呼吸をした。
俺も同じようにする。少し酸味の強い、フルーティーな香りが胸に広がる。これはアイスで飲むのが良さそうだ。暑い日には絶対に美味い。智も気に入るだろうな。
巡る季節を智と過ごせることの安心と幸せを、こんな些細なことからふと感じる。
「ねぇ、智がこのカップをくれた時・・・もう俺を愛してた?」
「ふふ、めずらしいな、そんなふうに聞いてくんの」
「ちゃんと聞いてみようとおもって。どうだったの?」
「そうだなぁ・・・和也が泣いたり笑ったり、どんなことも全部オレの前でしてほしい、全部の和也が欲しい。おれが守りたいし、逆におれが辛い時は和也がそばにいて欲しい。そういう想いがあって・・・それを愛と呼ぶなら、たしかに愛は始まってた、かな」
「そっか」
「・・・どうした・・・オレと一緒にいること、不安か?」
不安か、と聞く智こそが、めずらしく不安げな音色。
いつも柔らかく『かずなり』と呼んでくれる優しい声が、いまは。
リングをどんな想いで造ったか、どれほどの覚悟で、俺に贈ろうとしてくれたのか。そういう智の気持ちが、気持ちの強さが、かえって彼自身を不安にさせているのであれば、俺はそれを無くしてあげたいと心から思う。
だから。
「・・・ううん。ただ、」
「ただ・・・?」
「俺にも智の全部、くれるのかな・・・って」
「・・・和也、それって」
遮って、言う。
「俺もひとつ、お願いがある。」
「・・・ん、言ってみて?」
「うん・・・」
これは、リングを受けとる俺の気持ちの、最後の確認。
向き合う智の肩越しから見える風景。
視線の先には夕陽が入る窓辺。
深い緑色が美しく艷めくベルベットのクロス。
そこに。
キラリと光をあつめて俺を呼ぶ。
智がオレを愛している証、のリング。
立ち上がり、智の手を引いて、ゆっくりと近づく。
彫金された模様に夕陽が反射して、一歩、また一歩と、リングに近づくたびに表情を変える。
「キレイ・・・」
「オレには和也の存在が、こんな風に輝いて見えてる」
「・・・ふふ、キザなやつ」
「なんとでも言え。ホントのことだ。」
手に取ることも憚られるような力強い輝き。
まるで自ら発光しているかのようでもあって。
「ねぇ、このキラキラって、ずっと、こんな風にキラキラしてるの?」
「これは純金じゃないからな。時が経てば輝きは鈍くなる」
「・・・そう。」
智にそんなふうに聞いてみて、自分自身が智にとって、いつか価値がなくなるのでは無いかと、何だかそんなふうに言われたような切ない気持ちになった・・・が。
「でも、だからこそ、これを造りたかった」
「・・・どういう、こと?」
「これは真鍮。黄銅とも言われる。和也の瞳の色とよく似てる」
「・・・あぁ、前に言われたことあった・・・」
「磨いていればずっと輝きが保てる。でもオレとしては、真鍮の魅力はエイジングだ」
「エイジング・・・」
「そう。身につけていることで酸化皮膜が出来て、輝きは落ち着いてくる。サビと言うよりは保護膜だ。それを放置すれば錆びてくるが・・・真鍮のサビは『ロクショウ』と言って『緑』に『青』と書いて、ロクショウと読む」
「みどりとあお、で、緑青・・・え、それってなんだか」
「・・・そう、和也が相葉さんをイメージするなら緑だろ?前に学校で言ってた『葉っぱ色のユニフォーム』って。オレはよく『バーナーの青い炎』って言われてるから、な。」
思わずリングをつまみ上げ、陽にかざす。
「このキラキラから緑青が出てくるんだ・・・」
「緑青はサビではあるが、覆われた部分は真鍮の劣化を防ぐ役割もあるんだよ。だから」
「まーくんと、智が、守ってくれてるみたい・・・」
「そういうこと」
「なんか、すごい・・・」
「人は変わるし、変われる。そのカップを渡した時から今までで、和也もちゃんと、変われた。相葉さんの想いも受け止めて、オレに愛されて。輝きが変わらない強さも良いけど・・・向き合うことで、いかようにも変わっていける方が、一生付き合うには面白いだろ?」
「・・・うん」
リングを智に渡して、左手を差し出しながら、俺のお願い。
ずっと、一生。
一緒にいられる方法が、これなら。
「智、俺と・・・結婚してください」