そんな時間を過ごした高校の校舎。
外から眺めるだけでも、鼻の奥がツンとする。
思わず目を細めて、それでも飲み込まれそうで、おもわず智のシャツの裾をくしゃっと、つかんだ。そんな俺の手を強く握ってくれる智の手の温もりを感じて安心する。
いま、に、踏みとどまる。
営業の仕事で出入りはしていたけど、あの時はこの場所を無理やり俯瞰して「卒業した母校」というカテゴリだけを見て過ごしていた。思い出や感情は排除して。それでもバスケ部の後輩たちのユニフォームを見たら苦しかったし、いつも一緒にいた体育館、こっそりキスをした階段の物陰、そんな場所は見ないように気を張っていた。
それが、まさか。
こうして、まーくんを思い出すためにまた学校に来ることになるとは考えてもいなかった。
しかも、智という、愛する人とともに。
来客用の玄関から受付へ卒業生だと告げて挨拶をする。
職員室に連絡をしてくれて、訪問者用のネームタグの貸し出しを受けた。
「和也と出会った教室、行ってみたい」
「えっと確か講座室。・・・まさかあの時は智とこんな風になると思ってなかったなぁ」
「そうか?オレはすぐに『こいつと一緒にいたい』って感じたぞ」
「あの時のアナタ、俺のこと『にのちゃん先輩』とか言ってからかってさ、感じ悪かったもん」
「悪かったよ、可愛くてついつい。それに・・・」
「それに?」
「真鍮色した瞳に西日が差して、それがすげー綺麗で・・・その瞳にはオレだけを映したい、俺のもんにしたいって、本能でそう感じた」
「本能・・・。アーティストなら本能で感じたことを無視するなんてできない、か」
「そういうこと。欲しいと思ったから手に入れる。それだけだ」
あの時の俺自身も、確かに智の笑顔にココロが跳ねたことを覚えている。
とはいえ、それはすべてがポジティブな感覚ではなく、すこしの警戒心もあった。まだまだまーくんのことが鉛のように溶け消えることもなく、ひたすらに俺の心と体を支配していたから・・・。
でも、それでも、智が俺をそばに引き寄せてくれた。
凍るようなあの場所から。
今思えば、なんて幸運なことだったのだろう。
智のそばにいられたおかげで、風間さんが俺を見つけてくれた。
そして、まーくんの手紙を受け取ることができたのだ。
職員室に立ち寄り、知った顔を見つける。
先生も嬉しそうにしてくれた。
「先生、ご無沙汰してます」
「二宮ぁ!お前全然変わらないなぁ!制服着たら高校生だぞ」
「先生、それ言う時点で『おじさんの割には』の意味がはいっちゃってるんですよ」
「二宮がおじさんって・・・むしろ、それをオレに言うな(笑)」
時間がたっても立場が変わっても相変わらずノリよく話ができる先生に緊張感も緩み、校内を見て回ってもいいかと尋ねれば、当たり前だと応じてくれた。
「・・・っと、あれ、大野さんも!ご一緒にいらしたんですか!?」
「はい、お邪魔してます。またよかったら講師に呼んでください」
「もちろんです!生徒に人気あるんですよ大野さん。また今年も特別授業の時期が来たらご連絡させていただきますね!」
「はい、ぜひ」
「あー、二宮」
「はい?」
「まぁ、なんだ。その・・・元気そうでよかった」
そう言って、智と俺を見て、安心したように眉を下げて微笑んだ。
「え?・・・あ、はい、元気にやってます。先生も、いつまでも若ぶってちゃダメですよ」
「へいへい」
先生と挨拶を済ませた俺たちは、堂々と校内をめぐった。
言葉通り、毎年学校の特別講師を引き受けている智は、講義を受けたことのある生徒に見つかっては『大野さんじゃん!』『また来て欲しいー!』などなど、あちこちで呼び止められていた。そのたびに、『おう、またな』と優しい笑顔で返す智を見て、なんだか胸がぎゅっとなった。
好きだな・・・。
俺、この人が、本当に好きだ。
校内をすすんで、思い出の講座室。
あの時も放課後で、智が言うように西日が入る時間だった。
誰もいない、シンとした場所。
智と並んで静かに窓の外を見つめる。
バスケ部のユニフォームを着た生徒がぞろぞろと体育館から出てきた。休憩なのだろう。自販機に向かって走りながらじゃれあってる。
「まーくんね、あのユニフォームを『葉っぱ色』って言ってた」
「あぁ・・・そうか、そうだな、たしかに葉っぱ色だな」
クスリと笑って『楽しいひとだね』と。
「和也の思い出の相葉さんは、ユニフォーム姿が多いの?」
「多いって言うか・・・その印象がつよい、かな」
「ふーん・・・」
「なに」
「いや、なんでもねぇ」
「なんでもなくない言い方よ、それ」
「んじゃ、なんでもなくない」
「・・・なぁに?気になってること、あるなら言ってよ」
「あるけど、あとでいい」
そう言って唇を尖らせる智があまりにも可愛くて愛おしくて、込み上げる想いのままに、思わず抱きついた。
「・・・和也くん、キョウイクによくないですよ?」
「よくないですか?」
さらにギュッと力を込めれば、それ以上の強さで抱き返してくれた。
その力強さに耐えきれずに肺から空気を逃すとき、『ハァ・・・』と、はからずも甘く聞こえるような声が漏れた。
「カズ、それダメ」
「・・・智のせい」
喜びを隠そうともせず、甘く俺を見つめて、額にキス。
その温もりに勇気をもらった俺は。
決意のままに。
「体育館・・・行ってみる」