風間さんは看護師で。
歳も近いこともあって、よく話し相手になっていたと言う。


「相葉ちゃんはとにかくずっと笑っててくれてました。『にのちゃんが、にのちゃんが』って、いつも二宮さんのお話をして。僕らが話をするようになったのも、二宮さんの存在がきっかけだったんです」

「そう・・・なんですね」

「カルテで相葉ちゃんの誕生日が12月24日だって知って、それでイブなんですねーって、誕生日の話になって。・・・僕の誕生日、6月17日なんです」

「あぁ・・・ボクも、です」

「はい、それで、ある日、介助で相葉ちゃんの身体を支えたときに『サイズ感が近い』とか言い出して・・・そんなこんなで、なんだか親近感をもってくれたみたいで」

「なんすか、それ・・・恥ずかしいですよ・・・」

「ふふ。まぁそれで、『6月の誕生日でにのちゃんは18歳になるんだよ』って話してました」

「はい、まー・・・あ、えっと、相葉くんが、」

「ふふ、まーくん、で大丈夫ですよ」

「はい・・・」

「なぁカズ、相葉さんの話しているあいだ、席外そうか?」



智が思いがけず、甘いまなざしで俺を見ていたことに驚いた。
この場面で、それができるなんて。
なんてひとなんだろ。
智への想いが募って鼻の奥がツンとした。



「ううん・・・やだ、一緒にいてほしい」

「ん、わかった。・・・風間さん、オレに構わず、相葉さんのお話、和也に聞かせてやっていただけますか?」

「・・・もちろん。喜んで」

「カズ、聞きたいこと、ちゃんと全部聞かせてもらえ。オレがそばにいるから、辛くなったら抱きしめてやる。すぐにオレんとこに引き戻してやるから」

「・・・うん」



頼もしくて優しい。
時に強引にでも、俺を守ろうとしてくれる。
思い出に堕ちそうになっても智が抱きしめてくれるなら心強い。


智がそばにいてくれて、本当に良かった。
いま、俺は幸せなのだと、こころから思う。
そうして、そう思える俺自身が嬉しい。



風間さんが話してくれたのは、まーくんがどれほど俺のことが好きだったかということ。楽しかった学校のこと、バスケ、その部活の後の放課後。勉強は苦手だけど期末試験は頑張った、そのほとんどすべてに『にのちゃん』が一緒にいる、と。

他人の口から聞かされる『にのちゃん』は恥ずかしかった。

けれど、最期の時までまーくんを支えていたのが俺との思い出だったんだ、と。

痛みに耐えられなくなった時、最後の強い薬を使って意識を落とす前に、まーくんが風間さんに言ったそうだ。


『さいごのありがとうはやっぱり親に言うけど、目をつぶった後は全部にのちゃんのことだけ想うんだ。にのちゃんのおかげで、しあわせなままだよ。』



「俺、まーくんをしあわせにしてあげられてた?」

「はい、看取りの看護師としても・・・『にのちゃん』に本当に感謝していました。あなたのことを想っていつも柔らかく微笑んでました。いつでも笑顔を向けてくれていて・・・いつか二宮さんに手紙を渡す時には、あなたのおかげで彼はずっと笑顔でしたって伝えたいと思ってました」

「まーくん笑ってたんだ・・・そっか・・・」



まーくんとの時間は、俺にとっても、本当に幸せであった、と。

ちゃんと思い出せる今だからこそ、素直に思える。
思い出の中で笑い合う俺たちが幸せで愛おしい。

初めてのいろんな体験や、いろんな気持ちを。
口にはできなかったけど、言葉にするなら・・・愛、とか。
たぶんそういうことを。
身体で感じて、心で感じて、湧き上がって。
まさに、身体と心が震えるような。
かけがえのない時間だった。




「俺、まーくんのこと、本当に大好きだったんだよ・・・楽しかった。一緒にいるだけで何もしなくても、目が合うだけで、手をつなぐだけで、本当にしあわせだったの。しあわせだったんだよ・・・もっと・・・もっと・・・一緒にいたかったなぁ・・・」



ぽろぽろと涙が零れる。


まーくんへの想いを恨みに変えて

立ち止まって

人を信じることを諦めた。

でも、智が俺を見つけてくれて。

彼が俺に向ける愛を、想いの熱を、感じた。


穏やかで満たされた毎日を過ごして、心の奥で凍らせた想いがいつのまにか解かされて。でもそのぬくもりに甘えてしまうことに慣れないように、その心地よさに抗う自分に気づいた。

俺はアイツを憎むことであの想いを閉じ込めているんだ、と。
もう、恋はしない、できないんだ・・・と、意地を張って。

まーくんと過ごした時間より、智とのそれのほうが、もうよほど長い。それなのにいつまでもまーくんの幻影を、見ないように、とすることで、むしろ意識してしまっていた日々。別れが別れであると理解できなくて、いまだに『過ぎ去った思い出』にすることができなかった。


智はそんな俺の全部を、何も言わず、ずっと、抱きしめ続けてくれていた。生活の中で、当たり前に、そうしてくれていた。



堪えきれない涙が頬を伝ってはらはらと落ちて顎を伝い、シャツの首もとを濡らしていた。いつのまにか嗚咽交じりになりながらも、まーくん、まーくんと、彼の名を呼び続けた。



「和也、おいで」



しばらく涙の出るに任せて俺を泣かせてくれていた智が、ふいに、ほらおいで、と引き寄せてくれた。まーくんを想って泣いている俺は、智に寄りかかってはいけないと引け目を感じていた。


でも智は柔らかく抱き寄せ、耳元でささやく。


「相葉さんのこと、ちゃんと思い出せたか?カズと相葉さんが笑顔で過ごしていた時間のこと、オレにも聞かせてくれよ」


って。


俺達が笑顔で過ごしてた時間。



『にのちゃん、だいすきだよ』


あかるい笑顔を、やわらかな声を、熱い身体を

・・・思い出してしまって。



智の体温と、腕の力強さを、ありありと感じてしまって。


もうこの世にいない彼を想って

声を上げて泣くことしかできなかった。