なんて。

なんて拙くて。
ひどく自分勝手で。



なんのためにこの手紙を残したの?



俺を泣かせたくなかったって。
何言ってんだよ、まーくん。


泣くに決まってるじゃん。




どうせ泣くなら、泣かされるなら、一緒にいたかったよ。
一緒に泣きたかったよ。

抱き合って、生きてるって感じあって。
涙の温かさとか、抱きしめた身体の大きさとか体温とか。
抱きしめられる力強さも、苦しさも。
そういうの全部。

まーくんと生きてるってことの全部、欲しかったよ。


なんで勝手に決めてんだよ。
ふざけんなよ。




「和也」



智が呼んでる。
あたたかな手が背中を撫ぜてくれてる。

でも、今の俺はとてもじゃないけど

それに甘えて素直に泣ける状態じゃない。



身体がこわばって。
すこしも動けない。
なのに身体が震える。

手紙に視線を落としてはいるが、焦点はあわない。
ひたすら浅く呼吸を繰り返すだけ。
それも喉の奥が焼けるように痛む。
目頭が熱い。

悲しいのはもちろん。
だけど、それ以上に怒り。

怒りが疑問に替わりまた、また怒りに逆戻り。

頭がぐちゃぐちゃ。



ずっと一緒にいるって、言っただろ。
死ぬまで、一生って。

そうだよ。
そういう意味だよ。
そういう意味でしかないよ。

だから、だったら尚更。
一生一緒にいられただろ。
まーくんのそばに。
誓ったんだから、守らせろよ。
叶えさせてよ。

なんでだよ。

なんで
なんで
なんで



「・・・勝手に逝ってんじゃねーよ・・・マジふざけんな」


音にもならないかすれた声。
こぼれた言葉。
それ以上になにもない。


頭はぐちゃぐちゃのくせに、だけど空っぽ。
何も考えられない。
思考が繋がらない。
連鎖しない。

頭の真ん中に真っ黒い空洞がある。
その黒の中身を覗き見たくて、目を凝らす。
でもいくら目を凝らしても現実の俺は焦点を合わせられない。




「和也、息しろ。・・・呼吸しとけ」

震えているくせに身じろぎもしない俺を

智が静かに抱き寄せる。
智が耳元で息遣いを聞かせてくれてる。

すー、ふぅー、と吸って吐いての呼吸音。
智に合わせて。
呼吸を合わせて。

吸って、吐いて。
吸って、吐いて。



「カズ、そのまま、オレに合わせて」


耳元で囁くような、智の指示に従って。



吸って、吐いて。
吸って、吐いて。
吸って、吐いて。

吸って・・・吐いて。



ふと、力が抜けた身体を自覚した。
そしてゆっくりと、視線は智に向かう。


「さとし」

「うん」

「さとし・・・」

「うん」

「あのね・・・まーくんね・・・しんじゃったみたい」

「・・・ん」

「まーくん、病気だったんだって」

「ん」

「一生のお願いで、俺と誕生日過ごせたんだって」

「・・・」

「俺たち、結婚しようねって、約束したんだよ?
・・・ずっと一緒にいようねって。
一生、死ぬまでって・・・
死ぬまで・・・って・・・え?

あれ?死ぬまでって、いつまで?」


「和也・・・」


なんで・・・?

おかしいじゃん、なんで?


なんで側にいさせてくれなかったの?
ずっとって、言ったじゃん・・・


ずっとって・・・、ずっとって!


なんで!?嘘じゃん!ずっとなんか!嘘だったじゃん!!


死ぬまで一生って言ったのに!

言ったのに!


薬指、ほら見て!これで約束したの!

ね?これ、まーくんにも、これ!あるの!

ずっとって約束したシルシ!


なのになんで・・・?

なんで!?



なんで・・・しんじゃったんだよぉ!」



喉の奥の痛みが、熱のカタマリになったみたい。
それを吐き出すように急激にこみ上げる怒り、悲しみ


・・・後悔。


あの時もっと探せばよかった。
もっと、周りに頼って、親に、学校に、大人に頼って。
一緒に泣いてくれたご近所さんだっていたじゃないか。
子供だった、だから無理だと諦めた。
ちがうよ、だから頼ればよかったんだよ。

なんで諦めたんだ。
なんで諦められたんだ。
あんなに好きで好きで、どうしようもなく好きで。
俺のすべてだった。
あの時に感じた、知った、あの気持ち。
大切にしたかった、あの想い。

なのに。
俺はただただ泣いて。
座り込んで、動くことをせず。
あの冷たいアスファルトの上で、俺はまーくんを、諦めた。


そうだ。



俺だって、同じか・・・。

アイツが勝手に引き際を作ったのと同じだ。
俺も捨てられたんだと決着をつけて
辛さを恨みに変えて、

自分がつらいから
悲しいから
自分を守ることだけに精一杯で。

2人で過ごしたあの日々を。
いとしい日々を。

見えないどこかに沈めたつもりでいた。



でも。
もっとちゃんと大事にして。
まっすぐに愛していられたら。


なにか、違っていたのかな。