「んっ・・・ね、さとし、俺ばっかじゃなくて、っぁ・・・はぁ、いい、から・・・」
「いいから黙って感じてろ」
「ふふ・・・強引、んっ・・・」
「・・・おめぇが不安そうにするから」
「え?」
「いくら抱いても、いつまでも泣きそうな顔してっから」
「・・・そんなこと」
「そんなこと、ないか?」
そんなこと。
ない、と言い切るほど、まだ、強くなれなくて。
もし不安があるのだとしたら、それは。
いま俺が不安に思うことがあるとするなら。
俺を抱く智の温もりがあまりにも安心で、幸せで。
それを失う怖さと戦う未知への恐れ。
もう失う日は来ないのだと、過去を跳ね除け強くありたいと。
そして、『信じたい』ではなく『信じる』と決めた。
色んな感情が結局、いまだ俺を乱す。
ひとつずつ、智と乗り越えていきたい。
俺が見ないふりをしてきた色んなことを、智に見つけてもらいたい。見つけてくれたそれが、智からみて不安のカタチをしているなら、それが無くなるまで・・・抱いていて欲しい。
それは、肉体的にも、精神的にも。
喪失の絶望から目を背けてきた。
でもいまは、智がいる。
辛い過去を見つめて、苦しくなったら智に甘える。
そうすることで智も安心するなら、俺はそう出来るようになりたいと、心から思う。
智は『ずっと』を『一生』と、言ってくれた。
それを聞いて蘇る、あの日。
『結婚したい。それがずっと、一生、死ぬまで、にのちゃんと一緒にいられる方法なら』
まーくんが、言ってくれた。
俺も、そうでありたいと願った。
今でも残る、左手の薬指に刻まれた、想いの残骸。
忘れる必要はないのだ。
だって、俺にとって、初めての、大事な、大切な、想い。ひと。
だから、いま大事な、大切な、ひとに。
・・・智に。
まーくんのことを話そう。
あのメールで、名前を見て。
相葉雅紀、という文字を見ただけで。
自分でも驚くほど気持ちの渦に引きずられた。
まーくんとのことに向き合うことを避けてきた。
だから、知らなかった。
まだまだ生々しい、まさかの想いの濁流。
だけど、もう。
いまは智が手を引いてくれるから。
迷ったり飲まれたりしない。
しないのだ、と決めて。
そうやって、自分で決めて、立ち向かうんだ。
翌日。
まとまらない、想い出。
気持ちの赴くままに。
ぽつぽつと、ときには、思いの溢れるに任せて。
智と俺が愛し合う、その場所で、話す。
2人の日常の景色の中で。
身体を寄せて。
いつでも戻ってこられるように。
ここに、智に。
少しずつ、話す。
まーくん、の、こと。
初めはともだち。
惹かれ合って『初めて』は体育館の用具倉庫。
人肌に触れたいと思った。
生きてることの喜び。
快楽に溺れる欲の迸り。
そうして過ごした暑い夏と、そのあとの、冬。
時折、あの時、に引き戻されそうになって。
そのたびに、智が淹れてくれたコーヒーの温かさに意識を集中して。香りを胸いっぱいに、深く呼吸をする。『二宮用』のカップの感触、を、手の中で確かめる。
そしてなにより。
智の存在を感じていられることが、俺をつなぎとめてくれる。
ベッドのヘッドボードにもたれて座る智。その彼の脚の間におさまる。背後から抱き寄せられる。ほとんど体格差はないのに、大きな存在に包み込まれている絶対的な安心感。
背中に感じる、智の体温。呼吸のリズム。
肩に乗る頭の重み、頬に触れる彼の髪。
俺の腹の前で組まれた彫金師の手。
俺のカラダを知っている、指先。
「・・・ふぅ」
「和也、休むか?一度に全部話さなくていい」
「ううん、いま、話せる。話したいんだ。・・・いい?」
「もちろん」
うなじに優しくキスをくれた。
無意識に力が入っていたことに気づく。
「さとし、ありがと」
心の奥底に沈めて、あの冬に凍らせた、人生の中で何よりも熱い思い出。智のぬくもりを借りて、少しずつ溶かしていく。
無かったことにしたくない。
俺自身がそれを認めていく。
まーくんと過したあの夏。
愛しい、と、想いの名を知った彼の誕生日。
一瞬の、煌めく時間。
あれはちゃんと『幸せな時間だったのだ』と。
・・・やっと。
向き合うことができた。