仕事を辞めるタイミングで実家には
「営業で知り合った人と一緒に仕事するから」
と転職をすることを伝えて、智との関係については特に触れることはせず、同居することも説明した。
父親は『家に戻ってくればいい』と言ったが、意外にも母親から『実家に戻ったら甘えるだけなのだから、ちゃんと大人として生活しなさい』と言われて、それを聞いた父親もそれはそうだ、と、智との同居に関してとやかく言われなかったことがありがたかった。
そういえば、俺が引きこもった高3の冬も、母親は放っておいてくれていた。あの時、何も言わないでいてくれたのは、俺のことを信じてくれているのだと、ふいに、身が引き締まる思いがした。
引越しは簡単なものだった。
実家を出て、就職のために一人暮らしをして、まだ1年。
ものが増えるようなことも無く、広げた荷物をまたダンボールに詰め直すだけだ。
「おれの寝室片付けるから、和也の部屋はここでいいか?」
「智は?どこで寝るの?」
「ここ」
「・・・は?」
「ここで寝るよ」
「・・・俺の部屋、に、してくれるんでしょ?」
「おう、でも寝るときは絶対に一緒。たとえケンカしてもな」
「ふふ・・・うん、わかった」
これまでも智のアトリエなりプライベートな場所なりに出入りしていたが、本格的に居所を共に、生活を共に、となると、けじめをつけるべきだと感じた。
時間の全てを共有してしまうことは、とても怖いことだと思う。もし、そうでなくなったとき、俺はひとりに戻れなくなると思った。だからの、距離感。絶対的な、不可侵の。
公私混同は・・・別れが来た時に、面倒になるだろうから。
別れを常にどこかで意識していた。
精一杯の自己防衛。
そうして甘えきらない俺を、智は何も言わず、聞かず。
いくらでも甘やかしたがる。
俺の仕事の合間に、アトリエを覗く。
槌目一つずつにこだわって、作品と向き合っている横顔は、何とも言えない色気に溢れていて、幾度となく見ているが、そのたびごとに思わず見とれるほどだった。
スッと通った鼻筋と、切れ長の涼しいまなざし。
その視線の先に、これからどのようにも表情を変えようと待ち構えている、色とりどりの素材のそれぞれ。
質感、重さ、温度。
状態を確かめようとして触れる。
一番輝く場所はどこなのか。
手厚く施すべき場所はどこなのか。
探りながら、やさしく撫ぜて、時に力強くしなやかに動く手指は、俺を愛してくれる時のそれを思い出させる。
そんな智を盗み見て、無自覚に緩んだ自分の表情に気づき、慌てて目を逸らすこともあったし、ひどいときは下半身が反応しそうになることもあった。
智が俺の些細な高まりに気づかないはずもなく、その夜は決まって激しく追い込まれる。夜まで待ってくれたらいいほう。その場で、アトリエに引き込まれ、ひどく啼かされることも少なくなかった。
作業台に押し倒され、脚を担ぎ上げられると、俺の後孔は期待に溢れてはくはくと動き出す。
「おれが欲しいか?」
そんな風に試すように言うから、抗ってやりたいと思うものの、智の指が俺の、智を待ち構えるソコを柔らかく撫ぜて、必然、期待を高められていく。
ゆっくりと差し込まれた、さっきまで愛すべき金属たちを扱っていたあの手が、指が、俺を同じく愛撫する。
そうして、最短距離で前立腺を確実に刺激してくるから、早々に理性を手放して快楽に飲まれてしまうのだ。
「んっ、ぅあっ、あっ、そこ・・・だめぇ・・・んぁっ」
「ここでなら、いくらでも声だせ」
「あっ!・・・まって、まっ、アッ・・」
ぐちゅぐちゅと体液だかローションだかわからない卑猥な水音が響く。防音の部屋はつまり、外の音も遮断する。俺のナカから聞こえる溢れる音で満たされた密室。
無遠慮にナカをかき混ぜられ、俺はイかされる直前まで追い詰められ、寸前で指を抜かれた。
「あっ!やぁ・・・なん、で・・・」
俺を観察するように見据える智の瞳。
青い炎が宿ったような熱く輝くような。
「さとし、途中、やだぁ・・・イキたいよ・・・」
涙声で抗議する。
「和也、おれのモンになれ、抱えてるもの、全部よこせ」
智は自身の熱い欲の塊で俺を一気に貫ぬく。
浅く深くの抽挿を繰り返し、俺が智にしがみつくのを合図にスピードを上げ、暗示のように言い続けた。
「和也・・・カズ・・・好きだカズ、おれから離れるなよ、そばにいろ」
「んっ!ンはぁっ!さ、とっ!さとし、あっ!」
「カズ、離れんなよ」
そう言われて嬉しくてはしたなく声を上げる俺は、十分に甘えているに違いないのだと思う。