その日、俺は大野さんに抱いてもらった。
情けないけれど、俺はまだ経験値が少なすぎて、体調が悪くなるとか、クリスマスの時期が怖いとか、そういう精神的なダメージを乗り越える術を知らなかった。
でもそれは知らなくて当たり前のこと。
17歳で初めての本気と言える恋愛をした。
めいっぱいの感情と身体の昂ぶりをコントロール出来ないほど、全力で、アイツが世界の全てだと感じていた。カラダの欲を満たすことと相手を愛おしく思う気持ちが結びついていることを知った。
そして、それを失うことでこその絶望も同時に。
多少の時間が過ぎたところで心はどうにもならなかった。
ココロは、動かない。動かせない。
それほどまでに溜まって、固まって、うずくまっていた俺が、唯一選べた手段。失った過去のぬくもりを、今となりにいる人肌に上書きしてもらうこと。
あからさまな、逃避。
それの何が悪いんだと、悪態をついていたくせに、結局は日和見。
それが、委ねてしまえばこんなにも簡単で、これほど満たされるとは思っていなかった。
これまで誰にも気持ちが動かなかったということもあるが、それ以上に、自分自身でも理解できていない、ためらいがあった。でもそれはきっと、俺がキレイでいればいるほど、アイツを恨むことが許されると思っていたからなのだと、ふいに分かった。
俺は無意識にアイツを追ってしまっていたんだと自覚した。
意識が浮上する。
夢か、記憶の反芻か。
とても幸せで、もうそれはここには無いとわかっている。
なにか。
ぼんやり天井をながめながら、隣に横たわる温かさに安堵する。
久しぶりの人肌の熱さ。
体温と、におい。
鼻の奥がツンとなる。
誤魔化すように呟いた。
「どこいっちゃんたんだろ」
「・・・どうした?」
「あ、ごめんなさい。起こした」
「いや・・・二宮、カラダ大丈夫か」
「はい」
「少しは寝た?」
「はい」
薄暗い部屋。
アトリエの2階は大野さんの自宅。
仕事の都合で入ることもあったから全く知らない場所ではない。
だけど、こうして抱き合うために入ったここは、違う部屋のような気がした。
広く寝心地のいいベッド。
大野さんの香りに包まれて、想像以上に身体が軽くなっていて。
それは精神的にも大いに感じるところだった。
そんなもんだ。
欲が満たされたら気持ちが上向く。
俺は一体、何に囚われていたのだろう・・・。
遠慮なく大野さんにすり寄って、深く息を吸い込む。
彼はそうした俺を抱き寄せて、俺の髪に鼻をうずめて。
「腹減ったな・・・」
「カレー、結局食べてないですもんね」
「今から食わねぇ?」
「ふふ・・・悪くないですね。たべましょうか」
そういいながらも、お互いに起きる気配はない。
「おおのさん、カレー」
「うん、カレーな」
「・・・ふふ、起きないの?」
「二宮が起きてくんないと、オレ起きられない」
「はい」
もぞもぞと起き上がって、すぐには動けないからしばらくぼんやり。
久しぶりの行為には多少の痛みもあったけど、大野さんがケアしてくれたから、それほどの苦痛はなかった。これから先、身体の疼きを感じたら、思い出すのはきっと、大野さんとの、こんな時間。
素肌に触れるシーツの冷たさ、大野さんのいた場所に体温が移ったベッドの温もり。彼の汗の匂いと、時折漏れる吐息。
そんなことをとりとめなく考えながらベッドから足を下ろした。
裸足のつま先をもぞもぞと動かしながら立ち上がるタイミングをはかっていた、ら。
ふいに。
「・・・和也」
「・・・っ!え、えぇ!?」
「なにそんな驚いてんだよ」
「だって、そんな急に、そんな、名前で呼ばれて・・・呼ばれ慣れないから」
「あー、お前誰からでも『にのちゃん』呼びだもんなぁ」
「それ・・・ヤダ」
「それ?」
「・・・和也がいい」
「んはは、そーしような」
ベッドに座る俺の背中にやさしくキスをくれる。
柔らかくあたたかな唇。
優しく吸われながら、肌に舌を当てられる。
「和也、もっかい、したい」
「・・・カレーは?」
「置いときゃ美味くなる、いま食いたいのは、こっち」
「うわ、ちょっ!」
ベッドに引き倒されて見上げれば、天井が見えないほど視界全部の大野さん。
額、頬、まぶた、こめかみ。優しくキスをくれる。鼻先に大野さんの唇が触れた瞬間、かぷっと噛み付いてやれば、嬉しそうにわらって抱きしめてくれる。抱き返して、体を撫ぜて、お互いの素肌が隙間なく密着していることに満足した。
クスクス笑って、あちこちに触れながら戯れ合う俺たちは・・・
まるで幸せな恋人同士みたいだ。
しあわせ。
・・・なのかな。
わかんないけど、今、大野さんは、ここにいる。