初めて大野さんに抱かれたのは

12月にしては寒くない曇りの日。


俺はこの時期が近づくと体調を崩した。


まさにトラウマだ。


アイツが消えた、この季節。


高2の冬に絶望を知った。
高3の12月、受験組でない俺は、期末試験だけをとにかくこなし、あとはひたすら引きこもる冬休みを過ごした。この時ばかりは親に心配をかけた気もするが、期末テストも終わり受験もしない俺に対してうるさく構う人達ではなかった。

そっとしておいてくれて有難かった。


実際のところ、本当にろくに飲み食いもできず、何か口にしても結局、ふとした拍子に涙が溢れて止まらなくなり、最終的には酷く泣き続け、挙句に嗚咽して吐く。

まるで感情のコントロールが出来ないこどもみたいだった。


そして、就職して。
大野さんに出会った。









昨日までに今年すべての納品が終わったアトリエ。

ここは年末の喧騒はなく、とても静かだった。

出入りの営業マンとして、取引先の書き入れ時に手を貸して恩を売るのは次への発注へ繋げる為の常套手段、と、先輩に言われるがまま、12月に入ってからは割と頻繁に大野さんのアトリエを手伝っていた。


俺は作品に触れることは出来ないから、多少の接客と、休憩する時のお茶係や簡単な掃除なんかをしながら。

発送漏れがないか、最終チェックをして。
今年の業務は終わる。




「やっぱり贈り物の季節、なんですね」

「そうだなぁ。この日のためにって注文はやっぱり多いな」

「・・・何のために・・・」

「ん?」

「アクセサリーを贈って、それで、なんになるんでしょうね・・・」

「・・・おめぇ、それ、オレに言う?」

「え・・・あっ、す、すみません・・・」



じっと俺を見据えた大野さんは突然言った。



「二宮さぁ・・・具合悪いだろ。なんかあったか?」




ドキッとした。
隠せてると思ってた。
確かにすこぶる具合は良くないが、他人に気づかれるほどとは思ってなかった。



・・・いや、他人、には気づかせない。
俺は大野さんに気にしてもらいたかったのかもしれない。

だから、こんな言い方。




「あぁ、すみません。病気では無いので、平気です、すみません」

「病気では無い、ってことは、体調不良の自覚はあるんだな」

「ええ・・・ご心配おかけしてすみません、伝染るものじゃないので・・・すみません」

「謝りすぎ(笑)」

「あ、すみません・・・って、また、ははは・・・」

「追い詰めるつもりはねぇけど、なんかあるなら、話した方が楽になることもある」

「本当に大丈夫です、体調も単にメシ食ってないってだけなんで」

「んー・・・よし。・・・カレー、つくる」

「は?」

「カレー作るから、食え」



そうして彼はスパイスをあれこれ混ぜて具材をひたすら切って、『切るのが楽しいんだよなぁ』とかいいながら切ったそばから『これ炒めて』とか、『鍋に入れろ』とか言うもんだから、仕方なく手伝い始めて、気がつけばいつのまにか一緒にカレーを作っていた。


「ちょっと!大野さん?これ、野菜入れすぎじゃないの?」

「いいんだよ、炒めてりゃ減ってくる」

「具が多すぎて火が入らないから全然減らないのよ!」

「鍋、わけるか?」

「鍋どこですか」

「・・・どこだ・・・、あ、ねーや。これ一個だわ、あはは」

「ちょっと!あははじゃないよ!」



俺は・・・笑ってた。

なんか、なぜだか、楽しくて。

カレーを作ってるだけとはいえ、体を動かして、何かを作る。
誰かと一緒に。
大野さんと一緒に。


最後にこんな風に声を上げて笑ったのって、いつだったかな。


これまでだって笑顔を作ってはいた。
もちろん、楽しいことだって全くないわけじゃなかっただろう。

でも、周りを心配させないように、ではなくて、俺自身が自然に楽しくて笑えているのは、もしかして・・・あの日、以来。




「いいじゃねーか。ゆっくり作ろうぜ。どうせ二宮の営業終わってんだろ?」

「何言ってんですか、まだご挨拶行かなきゃならないところありますよ、こう見えても俺、わりとデキるほうなんでお付き合いが多いんです」

「ふーん・・・新卒のくせにやるじゃねーか。んじゃ、仕事終わったら、食いに来い。それまで煮込んどくから」

「・・・お得意さんにそう言われたら来ないワケに行きませんからね」



嬉しい。


大野さんと食事ができることが楽しみ。
一緒につくった、カレー。
きっと、とても美味しいに違いない。


素直にそう思えた。