こうして出会った俺たち。



仕事は順調にすすんだ。


アトリエのOA機器環境を整え、メンテナンスをする。
創作に役立ちそうな新しい技術を載せたマシンがあれば紹介する。
そして、仕事がなくても、挨拶をしに顔を出した。


顔をつないでおくのは営業としての基本だ、と先輩から言われているから・・・というのは、正直、自分への言い訳。アトリエの居心地が思いのほかよくて、ついつい足が向いてしまう。




柔らかな明るさで満ちたアトリエ。

空気が肌になじむ。



「仕事が大丈夫ならいくらでもいたらいいぞ」



大野さんはそう言ってくれた。

だからって取引先に長居するなんてのは、決して褒められたことではないのはわかっている。




でも、ここにいると、息ができる。
こわばった身体が緩んでいることに気づく。







「二宮さぁ、ここに来る時、いっつも変な顔してんだよなぁ・・・。」

「ちょっと!とびっきりの笑顔をお届けしているつもりですよ?」

「それが変なんだって。普通にしとけよ」

「ふつうって・・・」



わざとむーっとした顔をみせてみれば




「ん、そっちのほうがかわいいなぁ」




と俺の顔を見て満足げに優しく笑う。



「・・・かわいい、ですか?俺」

「おう、ほら、学校でも生徒たちに可愛がられてたじゃん」

「あれは『かわいい』じゃなくて『からかい』です」

「あはは、そうやって不満があれば顔に出してふつうにしてろよ。仕事で顔作んなきゃいけないのはわかるけどさ、オレの前だけででもいいからよ」

「・・・・・・はい。」




大野さんの話を聞いたり、作業を見せてもらったりしている中で俺が気づいたこと。それは「素材の本質を見抜いている」って感じのこと。アートのことはわからないけど、金属にも配合なり、造形なりによって、一番いい状態、があるみたいで。


『おまえはこれ以上しないほうがいいな』とか

『もうちょっと頑張ってみる?』とか

よく作品に向かって話しかけてる。


まるで機嫌を伺っているみたいに。


その判断はきっと的確で、これまで見たどの作品も、やりすぎもなく、物足りなさもなく、まるで『もともとの形に戻った』のだと思えるような自然な、そして、相応しい美しさ、だった。



そんな彼に、ふつうがかわいい、なんて言われてみろ。
気を張ってどうにかこうにかやってきた俺は。



甘えて、すがって。

・・・情けないほどにあっけなく堕ちていくんだと思う。





そう意識すれば。
顔を合わせる機会が増えれば。
自然と少しずつ近くなる、心と身体の距離を感じた。



いつの頃からか、彼の俺を見る瞳に、仕事相手以上の感情が、はっきりと揺らめくようになった。





それに気づいた俺は・・・身を委ねることに躊躇いはなかった。






もう誰も好きにならない。なれない。
だからこそ、誰が相手であろうと、どうでも良かった。



正直、若さ故の欲のうねりは抑えきれなかった。
それは、アイツに教え込まれた快感を知る身体の疼きのせいであったりもした。反応する身体は経験を記憶してしまっているだけ。


単なる生理現象。




罪悪感?

後ろめたさ?



誰に対してだ。




そんなものはハナから持ち合わせていない。




決して見ないようにしてきた、腹の奥底に沈んだ澱。
上手く無視することができるようになった。
大人になったのだ、と思う。




そう。


大人に、なったのだ。