「二宮、どうした?受話器握って固まって(笑)」




どうしよう、と、なにがどうしようなのかもわからないまま、いわゆる思考停止の状態でいた俺は、きっとよほどボンヤリして見えたのだろう。


先輩から声をかけられた。





「あ、先輩、あの・・・」

「今の、新規の顧客?」

「あ、はい。おそらくそうなるかと」

「なんだよ、おそらく、って。歯切れ悪ぃな」

「あ、えっと、昨日の学校メンテでたまたま来校されていた特別講師の方で」

「へぇ。いいじゃん、学校に出入りしてる方なら身元もしっかりしてるだろうし、いっちょ飛び込んで来い!」

「はぁ・・・」

「ははっ!なーんだよぉ!嫌なの?二宮ご指名でいただいた連絡だろ?」

「そう、です」

「・・・一緒にいってやろうか?」

「あ、えっと、だい、じょうぶです。・・・ひとりで行きます」

「いやオマエ、なんか脅かされたりしてる?」

「そういうんじゃないです!大丈夫です!」

「それならいいけどさぁ。お客様、法人?個人?」

「えーっと・・・大野智、さんとおっしゃる方で。彫金師の」

「え、まじ?」

「え、先輩、ご存じなんですか?」

「うん、オレが身に着けてるドッグタグ、『フリスタ』だよ」

「フリスタ?」

「そう、大野智の『FREE STYLE』ってブランド。基本的にフルオーダーのハンドメイドで、槌目一つからこだわってる。みせてやろっか」



そういって先輩は、ノータイの第二ボタンまで外したシャツの首元からチェーンを引き出した。


涼やかな金属音を奏でたプラチナのドッグタグ。


慎ましくも意志のある輝きは、俺の心をときめかせた。




「・・・キレイ、ですね」

「だろ?」




そう言って、わざわざ首から外して見せてくれた。


俺の手のひらに着地したそれは、しっかりと質感を感じつつ、決して肩が凝るような重みはない。嫌味にキラキラとするのではなく、光を柔らかく受け止めて、まるでタグその物が発光しているかのようで、目が離せなかった。



「気に入った?」

「はい・・・って、すみません!大事なものですよね!」




慌てて、でも丁寧に、先輩へお返しする。



「あのひと、こんなものがつくれるんだ・・・」


先輩がタグを首にかけてから、優しく撫でる仕草がとても愛おしそうで、つい聞いてしまった。



「もしかして、大切な方からのプレゼント・・・ですか?」

「あー、まぁ、プレゼントしたのはオレ、ペアでね」

「へぇ!先輩がデザインを考えたんですか?」

「うん、と言いたいとこだけど、ちょっと違うっていうか。『フリスタ』のデザインって、実は出来上がるまでわかんないんだ」

「え?だって、フルオーダー、なんですよね・・・大野さんが好き勝手につくるんですか?」

「好き勝手じゃねーわ、自由って言え?(笑)まぁ、だからこれは完全に好き嫌い分かれるから、それ故に熱狂的なファンがつく理由でもあるんだけどな」




先輩が教えてくれたオーダー方法は、意外で、とてもロマンチックで、そして、送られた相手は幸せだと思えるものだった。



まず、プレゼントしたい相手に、手紙を書く。大野さんが読む前提で。そして、出会いや思い出などのエピソードや2人の関係性を話す。手紙と、送りたい相手の写真を大野さんに預ける。大野さんは伝えられた全ての情報から、想いを拾い上げ、槌目に込めて、彫金していく。素材も、何が出来るかも、全部おまかせ。




「すごい・・・そんなふうに作られたものなんですね・・・」

「そ。だから、唯一無二。」


改めて先輩の手の中で発光しているタグをみれば、なんだかお相手が見えてくるようで、感動してしまった。



「あの人がこれを作る人だとは思えない・・・」


これから会うのが、どうしようもなく楽しみになってしまって、そんな自分に動揺した。