ある日。

相変わらず卒業したはずの高校を尋ねていた日。


特別課外授業、とかなんとかで、様々な専門分野をもつ人が授業をする、という試みがあったようで。


俺が尋ねた日に、大野智が、いた。





彫金師。

職業としては決してメジャーではないが、なじみのない専門職をあえてピックアップして生徒たちが話を聞く機会をつくる、そういう学校の取り組みに協力している人だった。

日焼けした健康そうな肌、引き締まった小柄な体躯で、切れ長の涼やかな目元が、笑うとふわっと緩むのが可愛い人だった。


きっと年上なのだろうけど、可愛い・・・と、それが第一印象。






その日はPCのメンテナンスが入っていたので放課後に講座室へ向かうと、賑やかな話し声が聞こえた。

その日、授業はいつもの教室ではなく、PCが使える特別講座室で行われていたようだ。授業が終わっても生徒が次々と質問しては、大野智が何か静かに答えて、それを聞いた学生は、明るい笑い声で楽し気に盛り上がっていた。


これまで授業後に居残りをしている生徒がいても、放課後だから気にしないでいいと言われていたから当たり前にふらりと教室へはいった。




「おーい、もう授業おわってんぞー?」

「・・・?」

「せんせってば!あのひと、生徒じゃないよー!」



と、きゃらきゃらと笑いながら女生徒たちが『ねー?にのちゃんせんぱい!』と、彼は俺に向けて声をかけたのだとその時にわかった。そしてあれよあれよという間に俺は生徒たちに囲まれ、あるものは俺の腕をぐいぐいと引いて、あるものは背中を押して、俺を彼・・・大野智の前に連れ出す。




「こんにちは、SK機器商会の二宮と申します。」



生徒たちに『俺は仕事で来てるんだ』ってことを示すために、名刺を渡しながら、あえて全力で営業マンを演じる。


「・・・にのちゃんせんぱい?」

「ハイ。わたし、この学校の卒業生なんです、なので、生徒たちからは先輩と。」

「大野先生?にのちゃんせんぱい、可愛いよねー!」

「あなたたち、もう少し卒業生を敬いなさいよ、ったく」

「え、だって、可愛いし、ねー?」


ダメだ。
大人の牽制が全く効果がない。
もう、勘弁してくれ・・・。



「んはは、おめぇ、こんな女の子たちに可愛いって言われてんのか」

「親しみを持ってもらえてるのは、嬉しく思っています」



と、仕方なしに営業モードで相手をすれば



「よし、オレ、この『にのちゃん』と話しがしてぇから、おめぇら、もう帰れ」

「えー!!一緒におしゃべりしようよー!」

「だめだめ、こどもはもう終わりだ、こっから大人の時間」



と、彼が生徒を追い払おうとしたとき、ちょうど頃合いもよく、担当の先生が来てくれた。


「あら、大野先生!おそくまで引き留めて申し訳ありません!二宮くんも、お待たせしてごめんねー!」

「いえいえ、では、さっそく作業はじめちゃいますね」


と、なにげなく会話の輪から外れて、PCのメンテナンスを始めた。





だんだんと西日がさして、太陽が夕暮れを連れてくる。





担当の先生は『よろしくね』と言って、いつものごとく、鍵を俺に預けて職員室へ戻っていった。勝手知ったる母校、ということで、あまりにも無防備だが、信用されて任せてもらっていると思えば悪い気はしない。自分のペースで仕事がしやすくて助かる。


・・・が。


今日はどうだ。




「・・・あの」

「ん?」

「おつかれさま、です・・・」

「おう、おつかれさま」

「・・・・・・」

「・・・・・・」




やりにくい。
非常に。


大野先生、が。

すっごい、みてる。



「・・・にのちゃんせんぱい」

「・・・ッはいっ!?」

「きれーだな」

「・・・はい?」

「せんぱいの、目」

「え?目・・・ですか?」

「ああ・・・キレーな色だ。・・・真鍮の色」

「真鍮・・・?」

「すげぇ好き」



どきっと、した。



でもそれは、このシチュエーションで、初対面のオトコ相手にこんなに簡単に『すげぇ好き』なんていうやつへの警戒。



「えっと、ありがとうございます」



愛想よく適当に返しておいて、仕事に集中しますって態度を示しておく。



「よくここ、来る?」



・・・話しかけてきた。



「2~3カ月に一回くらいで、メンテナンスに伺ってますね」

「ふーん。それじゃ、そんな会えねーか」

「そうですねぇ、なかなかお会いする機会もないかもしれませんね」



相手の顔も見ず、笑顔だけ貼り付けてうわべの会話。




「せんぱい・・・にのちゃんせんぱい」



・・・めんどくさい。

聞こえてるけど、作業に集中しているふりで無視。




「か、ず、なり・・・かずなり」


「えっ?」



思わず顔を上げると、さっき渡した名刺と俺を見比べながら、確認するように俺の名を呼ぶ彼と目が合った。




「これで『かずなり』なんだな、一瞬『カズヤ』だと思ったぞ」



そういいながら、ふにゃっと柔らかく笑顔を見せてくれた彼に、俺の心臓はやたらと反応していた。