高校を卒業して、カタチばかりの就職をした。
地域の商店街や学校なんかを相手にするOA機器の小さな代理店。
実家はすぐに出たけど、新入社員はまず営業、担当区域は顔見知りのいる土地から、という会社の方針に従って、実家を出た身で別の町で暮らしつつ、結局地元からつかず離れずで仕事をしていた。
商店街の小売店やこの街に事務所や支店のある中小企業が主な取引相手。そしてなにより、卒業後にあまりにも間もなく、母校へスーツで出入りする羽目になる。OA機器の入れ替えやメンテナンス、たまに先生たちへの営業なんかもあって、卒業した高校の担当をすることになった。
「にのちゃんせんぱーい!」
「おまえら・・・来客には『ごきげんよう』だろー」
「ごーきげーんよーっ!」
きゃはは、と笑って遠くから手を振ってくる後輩たち。
「・・・ったく、呑気なもんだな」
俺は在学時、学年問わずニッククーム、「にのちゃん」と気安く呼ばれていたし、それを咎めることもしなかったから、誰にでも声を掛けられていた。
学校を訪ねて、基本的には来客用の通用口から職員室へまっすぐ。
とはいえ、見慣れた学校。
あちこちに思い出があることは否めない。
意識して見ないフリをしても、生徒たちが声をかけてくれば挨拶はするし、その中で深緑の・・・『葉っぱ色』のバスケ部のユニフォームを見かけるたびに、胸の苦しさを思いだした。
ここで仕事をする以上、胸の痛みはいつまでも新鮮で、ぐずぐずと乾かないまま、いつまでも痛みを長引かせる。
・・・忘れたい・・・。
でも。
アイツを好きだった自分を否定したくなくて、でも裏切られた自分が可哀相で、だけど可哀相だなんて思いたくなくて・・・
否定と肯定、拒否と受容の繰り返し。
怒りや憎しみがタールのようにベッタリと身体の内側にこびりついている。そのくせ、ふとした拍子に楽しかった思い出が俺を連れ去って、瞬間、飲まれる。立ち竦む。
教室
階段の陰
体育館が見える廊下
そして、あの・・・用具倉庫
交わしたキス。
じゃれあった温もり。
アイツの高い体温と汗の匂い。
耳元で聞こえていた吐息と甘く俺を呼ぶ声。
甘い思い出が、同時に痛みを連れてくる。
誰もが言う。
いつか忘れられる時が来る、と。
恋に破れては新しい恋愛を始めてきた、数多の先人の経験を頼りに耐える日々。いつになれば『時間薬』は効果を発揮してくれるのか。ひたすら流れる時間に任せて、決して甘くない痛みを味わっていた。
それほど長くない人生。
それほど多くない経験。
だからこその、濃密な青春の一瞬。
きっと、それなりの予感や手順やドラマチックな出来事で、あの恋が『ちゃんと』終わっていたなら、それは青春時代の俺から、未来の俺へのギフトになり得たんだろう。
「あの頃、あんな恋をしたんだ」と。
誰かに話しができたかもしれない。
思い出して笑うこともできたかもしれない。
しかし、別れの予感も言葉もなく、ただ日常から、突然、消えてしまったアイツ。
失ったから余計に執着しているのだろう。
それは理性でわかっているが。
心が、身体が。
・・・彼を忘れられない。