智は俺が彼の時間のすべてに関わっても、また、逆に関わらなくても、どちらにせよ、俺が自由に智との距離感を測ることを面白そうにしている。


ただ、側にいること、少しでも触れ合える距離にいることをとても喜んでいるのは確か。仕事の合間にキスをしたりじゃれあったりすると、また集中できるらしい。


お互いに集中する時間が重なると、一気にシンとした空間になる。


そんな無音を彫金のカチンカチンと軽く響く小気味よい金属音や、俺のマウスのクリック、キーボードのタイプ、PCのファンが時折唸る、そんな無機質な音で埋められていく。

そうしてしばらくして俺が休憩がてらウトウトしていると、ふいに智が俺を呼ぶ。


「和也?・・・カズー?」


突然呼ばれるから、俺は作業中にイヤホンをするのをいつの頃からかやめたのだ。智の作業音が心地よくて、何より俺を呼ぶ声を聴き逃したくなかったから。



「ん・・・んーっ・・・なぁにぃー?」


あくび混じりで寝起きを隠そうともせず、返事をする。


「・・・お、いるか」

「いるでしょ、そりゃ」

「気配がなかったから」

「うん、ちょい休憩のつもりで横になってたら寝落ちてた・・・なんか飲む?」

「いや、オレが入れるよ、コーヒーでいいか?」

「ん、ありがと・・・?」


と、ウォーターサーバーと電気ケトルのある表の接客スペースへと行くのかと思いきや、俺の寝ていたソファーに座り・・・


「・・・っぐぇッ」

俺の上に覆いかぶさった。


「ちょっと、智!痛いよーもー!ねぇ! 苦しーってばぁ!」


「・・・」


「・・・智?・・・さと?」


「和也、そばにいろな?」


「なにそれ・・・いるじゃん。」


「ん、いた。・・・っうぉっし!コーヒーな!」



こうして、智は俺がいつでも手の届く場所にいるってことを確認しては、なにやら納得して離れていく。


逆に俺が不機嫌だったりで智を拒否したり、肌の触れ合いをしていないと、槌音さえも物悲しく聴こえるような、とても寂しそうにしていることは・・・俺を満足させていた。



俺やしょうちゃん以外にも、もちろん智は人づきあいを避けてはいないが、決して多いほうではない。

作品作りの合間の趣味でキャンプに行くのもひとり。
釣りも船舶免許を持っているから、基本的に一人で海にでる。
海は一人は危ないからやめてほしいと思っているが、それは言えていない。彼の行動を制限するようなことはしたくないから。


そしてまた、そのキャンプや釣りの出先で誰とどんなふうにしているかは・・・俺は知らない。知りたい気持ちはあるが、そんな俺のエゴは俺自身で無視している。



・・・それに。


知ったところで、だ。



相手のことを知るということは、それだけ相手に求めることが増えるということ。相手の好きなものを知れば、それを与えたい。
「与えたい」だけの欲求だったはずが、「喜んでもらいたい」にすり替わる。喜んでくれたなら上々、もし望んだ反応が返ってこなかったら・・・。



それを勝手な俺は「裏切られた」と感じないと、いえるだろうか。



俺は智に「俺の期待」を背負わせたくはなかった。



俺自身、深くわかり合いたいと思った人もいた。

通じ合ったと思ってた。


でも、違ったってわかったら、人を信じて関係を作ることがバカバカしくなった。



だから俺は、誰も信用してない。


それは・・・智のことも。