彼は仕事の場で俺を排除することはない。


仕事の打ち合わせだからと言って俺を寄せ付けないようなことはなく、むしろ「和也はどっちが欲しい?」と俺の好みや意見を求める。


それについて、初めこそ彼の仕事相手となる「しょうくん」と「MJ」は俺を何者だ、と、素人に意見を聞くなんてどういうつもりか、と、苦言を呈していた。だが俺がその都度素直に好き嫌いを答えて、かつ、世間のニーズを含めて俺個人の視点とは別の視点での意見を添えると、面白そうに聞いてくれるようになり、すでに智の参謀扱い。


いまでは俺からは「しょうちゃん」「J」と呼び、2人は俺を「カズ」と呼ぶ仲になった。




「んー、やっぱカズに聞くの正解だったなぁ」


「お役に立てたなら良かったですよ」


「なぁカズ、智くんってなんか急ぎの仕事抱えてる?なかったら夜、飯食わない?」


「俺の知ってる限りじゃ、特に何もないと思うけど、一応聞いてくるね、ちょっと待ってて」



打合せや来客対応、たまに展示スペースとして使うこの場所に、2階への住居へ上がる階段がある。階段を上がらずにそのまま奥へ進めばアトリエ。アトリエは防音もしてあるから、完全に隔離された場所。こっちの話し声も聞こえないし、中の作業音も聞こえない。彫金は金属を削ったり彫ったりする分、どうしても音が立つ。時間にかかわらず作業ができるように防音壁で作られていた。


作業場のドアを開ければ、カチンカチンと小気味よい金属音。

智はこちらに背を向けて、一心に槌(つち)を打っていた。



「・・・智、いま、いい?」


「んー、翔くんと話し、終わったか?」


「うん、一段落したよ。」



そう話しながら傍によれば、



「んーっ」


と、唇を突き出し顎を上げてキスをねだられる。


「はいはい」


面倒さを装った言葉とは裏腹に思ったより甘い声音に自分でもあきれる。ちゅ、と、ちいさくリップ音を立てて、唇を離せば、嬉しそうに俺を見る智のまなざしに、思わず俺自身も顔が緩む。



「どした?翔くんこっち入ってこないんか?」


「うん、なんかこの後もあるっぽい、んで、夜一緒に飯食おうって。智が忙しくなければって。どうする?」


「おお、いいな、そうしよっか。しょーくーん!また後でなー!」


アトリエのドアは開けてあったから、十分に声は表へ届いたようで


「連絡するねー!」



と返事をくれて、しょうちゃんは出て行った。



「しょうやんも忙しい人だねぇ」


「アイツは動いてる時間こそ、息をしている時間だからな」


「智には無理だねぇ」


「おう、オレにはムリだ、やすみてぇ」



と、座っている智の横に立つ俺の尻を揉みながら腹に顔を埋めて深呼吸をしている。彼はこれを「カズ吸い」と、まるで猫みたいに言ってくれるが、これをされる度にシャツ越しの息が熱くて変な気持ちになる。




「ほらほら、おててはお仕事してくださーい」




と、わざとふざけて智の頭をくしゃくしゃと撫で背中をポンポンとしてやると、へーい、と気の抜けた返事をしながら、俺の腹から顔を離す。


俺を見上げたかと思えば、軽く腰を浮かせて触れるだけのキスをする。そして、ふにゃっと笑顔を見せて満足したように、彫金を再開させた。