「こんちはー、智くんきたよー」


「おー、いらっしゃーい、奥入ってきてー」



今日、智は仕事で人と会う日。


智の仕事は彫金師。


金、銀、銅、錫(すず)やプラチナ、色んな金属に彫りを入れたり加工してアクセサリーや置物なんかを手がけている。熱心なファンは「玄関の門扉を彫って欲しい」とか、ホテルや劇場のちょっとした柱に智が彫った鉄柱を建てたい、などと、規模の大小問わず依頼がある。


とはいえ、普段のほとんどは黙々と自宅兼アトリエで作業をしている。作品の受注はネットからの申し込み。それを捌くのは俺の仕事。

そんな中、一見の客はこのアトリエには入れないが、たまにやたら顔がいい古くからの知り合いだという男が客を連れて訪ねてくる。
対面での仕事は、そういう特別な人間だけを相手にしているから、来客も少なくいつもは静かなものだ。



「よっ、カズ、今日はまた一段と色気出ちゃってんじゃん」

「そっちは相変わらずイケ散らかしてんね」

「ちょっと、オレの和也に手ぇださないでよ」

「っはは!んなことしたら、俺、命ないわ」

「翔くんでも許さねーからな」



こうしてたまに来る気の許す相手と話している時の智の柔らかな笑顔が俺は好きだ。



実際のところ、智は人付き合いが嫌なのではないようで。


作品のこと、興味のあることが話題になると、とにかく楽しそうに話をする。相手の話もよく聞いている。

特に、その顔のいい男


智はソイツを「しょうくん」と呼んでいる


と、話をしているときは、お互いが甘えるように話をして気を許している様子だし、「しょうくん」が頻繁に連れてくる「MJ」という、これまたいわゆる濃いめのイケメンな男が絡む作品の打ち合わせは、話を聞いているだけでこちらも何ができるのかワクワクしてしまうものだ。



「ねぇ、智くん、ちょっとカズの意見聞いてもいい?これ絶対面白くしたいんだけど、正攻法じゃバズらないと思うんだよね」


「うん、和也が良ければもちろん」

「これ上手くいっちゃったら忙しくさせちゃうかも!」


と、ワクワクした顔でちょっと迷惑な予告をしてくれる。



この人達とする仕事はたのしいけど、




「和也がオレの相手できる余裕は確保してくれよな」


ほら、絶対言うと思った。


「もー、智、余計なこと言わないで!」

「余計じゃねぇだろ、1番大事な事だぞ」

「わかってるって、そんなに足腰立たなくなるまでこき使わないって」

「もういいから!しょうちゃん話し聞くから!智も仕事して!」




智を奥のアトリエへ向かわせる。




そこへまたしょうちゃんが余計なひとこと。



「痴話喧嘩なら出直そうか?」

「しょうちゃん?誰のせいだとおもってんの?」

「へいへい、すんませーん」

「ほらもー、いいから、資料みせて?・・・へぇ、おもしろそ」

「だろ!?カズなら面白がってくれると思ってさ!で、どんな展開で攻める?」

「翔くん、終わったら声かけてなー」

「オッケ!智くん、ありがとね!カズ借ります!」

「おー」


智はそう言って、奥のアトリエの扉を閉めた。