ふと、目が覚めた、仄暗い部屋。


スマホのアラームのまえに意識が浮上した。


秋の気候にそぐわず、部屋の空気が重く湿っているように感じる。だがそんな重い空気とは裏腹に部屋には柔らかい甘い香りが立ち込めていた。


呼吸を意識するとスーッと全身に酸素が回り血が巡り始める感覚。

なかなかまぶたを持ち上げることができないが、心地よく深呼吸を繰り返す。そうして過ごしている時間は、決して気分が悪いわけではなかった。





この時までは。





しばらくのまどろみの後、どうにか目を開けてみたが、

モヤがかかったように焦点が合わない。




ちょっと疲れてんのかなぁ・・・。



まだ起きる時間じゃないから、

そのまま意識を定めずぼんやりと過ごす。



薄く目を開けたまま自分の息遣いを聞いていた。

だんだんと輪郭が定まってくる。
いつもの天井に見慣れたカタチの今は消えている照明・・・。




・・・?


いつもの・・・?


・・・ここは、どこだ。


いや、俺の部屋、寝室。そうだ。それは、そう。




わかっている。


わかってはいるが、「そう」だと情報を理解しているだけで、

実感がない。





毎日と変わらない朝なのに。


まるで、初めての場所で目覚めたような気さえする。



いつもと同じ。


いや、何か違う。


何かが、違う。



だが、何が違う?


・・・なにも違わない。



頭ではわかっている、が、肌感が、違う。



覚醒してきた意識とともに感覚と理性が頭の奥でぶつかりあう。

そこで何か大切なことを忘れているのではないかと
言いようもない不安感がじわじわと湧き上がってきた。



まだスマホのアラームは鳴らない。



このまま天井を見上げていても仕方ない。
起きてコーヒーでも淹れて、今日の予定を確認しようと起き上がる、その瞬間。




と、そこで、ヒュッと突然、心臓が跳ねる恐怖に似た体感。

ざわっと泡立つ肌。







俺、何の仕事してるんだっけ・・・?





今日の予定、のことではない。


俺は・・・俺は・・・。





そこで、迷子になったと同時に、脳裏に浮かぶ日々の景色。





仕事はアイドルだ。


加えて、俳優も、MCもキャスターも。




俺の所属する、グループは・・・



・・・グループ?





と、自分にとっては当たり前だと思っていたことを頭に描いて・・・絶句。







これまでの活動、仲間、ステージからの景色
どれも鮮明に思い出せる。思い描ける。



なのに、まったく実感を伴わない。

景色は動くのに、まるで頭の中に埋め込まれた映像を見ているだけのような。
それを記憶だと、体験だと。
情報として理解はしているが、実感が、想いが、ついていかない。





俺は・・・ナニモノだ?