『オレもです』


といった相葉くんの顔が妙に印象に残って

言葉が続けられなかった。



「そっか、お互いいろいろ・・・あるよな」



そんな風に無難に返すことしか出来なかった。

思うことはあれど。

それは、いま俺から口にすることではない。



それからまた、ゆっくりと酒と食事を楽しんで。




いつの間にか・・・というか、時間はあえて気にしないでいたから、店のクローズ時間はとうに過ぎて、終電もギリギリ。


「おーちゃん、ごめんね、長居しちゃって」

「ほんと、すみません。とても居心地がよくて、なにより食事と酒が最高に美味しくて、ついつい」

「いいですよ、相葉ちゃんの大事なひとなら、ゆっくりして欲しいから」

「ちょっ!おーちゃん!何言ってんだよ!」

おーちゃん、と呼ばれた店主は、目を細めてふんわりと笑い、俺に『相葉ちゃんをよろしくお願いします』と、謎のご挨拶をくれた。

大事なひと、だって。
そんなふうに他の人から言われると、やっぱり意識しちゃうよな。

・・・意識って。

オイ、俺。

そんな気持ちになってる事を認めざるを得ないとこまできてしまったんだな。この数時間で。

気持ちはいったん押し込めて、今は上司の顔をする。



「はい、こちらこそ、これからもよろしくお願いしたいです。いつも会社で本当に助けてもらっていて、頼もしいです」

「相葉ちゃん、ニコニコしてるけど、結構、腹黒で肉食だから気をつけてね、櫻井さん」

「だからもー!余計なこと言うなっつーの!」


職場では見られない相葉くんのくだけた様子が楽しくて、俺もついつい調子に乗ってからかってしまう。


「肉食?意外です、それ。職場ではめちゃくちゃモテて、みんな相葉くんと仲良くしたいのに、本人にソノ気が全くないから『透明の壁』があるとか、言われてるんですよ?」

「へぇ!『透明の壁』か!上手いねソレ(笑)」

「えっと・・・おーちゃんさんも、そう思います?」

「おーちゃんさんって(笑)オイラのことは智でいいよ」

「じゃあ、智さん」

「うん、」

「そしたら俺のことも翔で」

「わかった、翔くん」

「ちょっとちょっと!2人で盛り上がってないでオレもー!」


3人でワハハって笑って。
昔からの仲間といるみたいに、心地よい時間。

「いやでも、ホント、マジで美味かったんで、今度はひとりの時も来てもいいですか?」

「もちろん!翔くんならいつでも大歓迎だよぉ」

「えー!櫻井さん、ひとりとか言わないで、オレも誘って下さいよ」

「誘っていいなら、もちろん!」

そして智さんに小声で

「透明の壁、突破できたみたいです」

というと、相葉くんは

「さくらいさん!?聞こえてますからね!!・・・っぶふふ!」

って怒ったふりで言ったクセに、自分で吹き出しちゃうもんだから、それが可愛くて、また皆で笑った。







「櫻井さん、どうしますか?タクシーで帰ります?」

結局、智さんと話が盛り上がったことで終電は逃した。

でも、どうせ週末だ。

明日は休みだし、酔い醒ましに歩こうかなぁと思っていた。




「急いで帰る必要も無いし、気持ちよく酔ってるから、散歩がてら歩いて帰ろうかなって」


すると相葉くんが思案顔になり目線を落とす。

自分のせいで、とか思っちゃってるかな。



「ホント、気にしなくていいよ!相葉くんのせいじゃないよ。自分で電車の時間くらいわかってたけど、まだ一緒にいたかったから・・・」



「あの、櫻井さん」

「ん?」

「・・・良かったら、ウチ、来ませんか?」


合わせた目が潤んで見えた。
いつもの可愛い笑顔ではない。


相葉くんの知らない表情に誘われて、自覚した想いが疼いて。


俺は『うん』と、答えていた。