「相葉くん、半休でしょ?そろそろ上がる準備したら?」
PCに向かってガツガツとデータを打ち込んでいる彼に声をかける。なにやら実家に用事があるとかで、数日前に今日の午後から半休を申請していた。
「すみません、中途半端にしてしまって」
「いや、ちゃんとわかるように引き継ぎ入れてくれてるから問題ない、ホントに助かるよ」
デスクに座る相葉くんの肩越しからディスプレイを覗き込んで、進捗を確認する。
「・・・いい香り」
「へ?」
「櫻井さんの、香水。すごく爽やかで、元気になれる香りです」
「あ、それなら良かった、キツかったら『香害』とかってさ」
マウスを操作しながら相葉くんとの至近距離を意識せず、
何気なく会話したつもりだった、のに。
「オレは大好きですよ、櫻井さん・・・の、香り」
・・・だいすきですよ、ですって!?
ヤバ。
これ、俺、相葉くんの【透明の壁】突破目前、じゃね?
スンスンと鼻を利かせて俺のスーツの胸元の香りを確かめているかたちのいい頭を、サラサラの髪を・・・
・・・っぶね!!
また、やらかすとこだったぜ。
頭ポンポンはさすがにマズイぞ、真っ昼間には。
相葉くんは許してくれても、誰に見られるかわからん。
余計な敵は作りたくない。
・・・そうなのだ。
相葉くんはとても、とても、モテている。
その容姿と優しい話し方、
同期の男同士だとちょっと口が悪くなるギャップ、
中途採用にも関わらず早くも一目置かれるシゴデキ感。
明るく人懐こい笑顔。
だが、誘っても飲みに行かない、退勤後のプラベが謎・・・
などなどから、何も隠している様子は無い、
手が届きそうなウェルカムな態度、なのに誰も近づけない。
そんな相葉くんには目の前にあるのに
手が届きそうで届かない【透明の壁】があると評されている。
それもあって、これまで一度も飲みに行くというようなことは無かった。そして上司である俺からは、余程のことがないと部下を誘わないのが俺なりの安全対策。
相葉くんも例外では無い。
プライベートに踏み込まないとはつまり、何も知らないってことで。家族構成を聞いたこともなかったが、もしかしたら、家庭があるって可能性だってある。
って、自分で考えてダメージ受けてる・・・。
「そういうこともあるよな・・・」
「櫻井さん?気になる所あれば、最後までやっていきますので・・・」
「ぁあ!いや、大丈夫!ごめん、だいじょうぶ!!」
「櫻井さん、慌てすぎ(笑)」
そう言って、大口を開けてわらう。
正に破顔。
かっわぃ・・・。
俺、これ、なんかすごく役得だぞ?
俺の仕事に口出すやつはほとんどいないし、だからこそ、相葉くんと俺でがっちり組んで進んでいくんで、ってここまでやってきた。
バディ感、ハンパねぇ。
いいねぇ。
「あー、ほら、もう十分だから、帰れ?用事あるんだろ?」
「ハイ、すみません、助かります」
「おう、また来週な!」
「・・・あの、櫻井さん、」
「ん?」
「ちょっと、あの・・・もしかしたら、夜、連絡させてもらっても、いいですか・・・?」
え、ナニソレ!
え、なんかの罠!?
「え、い、いいけど・・・おぉ、いい、よ?」
思わずどもってしまうけど、そりゃそうだろ。
なんだよ『夜、連絡していいですか』って!
「えっと、たぶん、櫻井さんが会社でるくらいに・・・たぶん」
なんだろ、歯切れの悪さが、なんか・・・気になる。
「ん。わかった。時間は気にしなくていいからさ。明日土曜だし、遅くてもいいから、なんかあったら連絡してよ」
そう言って、相葉くんを送り出した。