明日が楽しみな夜なんて

何年ぶりだろう



毎日毎日

ルーティンで

積極的に仕事に取り組もうとか
新しく企画をしようとか

そういう気持ちがいつの間にか
日々の倦怠に摩耗して
消えてしまっていたことにも
気づかないほどの
つまらない日々だった



そんな日々の中、彼と出会った。






「おーい、櫻井!さくらーい!」

「はーい!なんでしょーかー!」


クライアントへ提出するクレーム処理の顛末書を打ち込む手をとめることもせず、ディスプレイから顔もあげないまま、返事だけ返す。いつもなら、このまま用件の続きが告げられる

……が、今日は。





「櫻井!ちょっと、こっち来て!」


「え?あ、ハイ!」


いつもは俺ら平社員にでも『来い』なんて言わない井ノ原部長がめずらしく、自分のデスクへ俺を呼ぶもんだから、何事かと慌てて立ち上がった。


俺なんかやっちまったかなぁ…


「えーっと、ハイ、なんでしょ」


「呼びつけてすまん、紹介するな。中途採用の、」


と、部長の隣に立つその人。


単なる来客だと思って顔もろくに見てなかったが、

目が合った瞬間、柔らかな目元が優しく緩んで、

温かな印象の微笑みを受け取った。






「…えっと、私、本日からこちらでお世話になります。法人事業部に配属になりました、相葉雅紀と申します。」



よろしくお願いします、と言いながらお辞儀をしてくれる。
下げた頭からサラサラと黒髪が降りる。
顔を上げながら何気なく上目遣いに俺を見る眼差しが可愛く思えてしまって、そんな自分に狼狽えた。



「……あ、えっと、法人事業部主任、櫻井です。えーっと、」


「櫻井、すまんな、仕事の手を止めさせて」


俺の仕事を邪魔したことで機嫌を損ねたと勘違いしたのか、

部長は詫びてくれているが……そんなんじゃない。





「あ、いえ、ぜんぜん、問題ないっす。えっと、相葉くん?」

「はい」

「・・・ご紹介頂いたということは、俺のチーム、かな」

「はい、そのように伺っています。実は井ノ原部長から『チームにはイケメンで仕事ができる櫻井さんがいるから心配するな』と」

「ちょ、部長ぉ、もろもろハードル上げないでくださいよぉ」

「いやいや、最近の櫻井は守りに入ってるからさ、新しい人材をそばに置いて刺激してやろうと思って。即戦力の中途採用をうちの部署に引っ張るの、大変だったんだぞ!」


「あー、ハイ、ご期待に沿えるようガンバリマス」

俺がペコッと部長に頭を下げると



「櫻井さんの足でまといにならないように、まずは勉強しますので、ビシバシ、よろしくお願い致します」


と、相葉くんは改めて柔らかな笑顔を向けてくれた。


その笑顔に俺は、きっと2人は上手くやっていける。
なぜか強く、そう思えた。