喜怒哀楽、と感情には種類があって。
そのいっこだけの感情に振り切ることってあんまりなくて。
「嬉しい」1色ってこともなくて、
「怒り」1色ってこともなくて、
「悲しみと怒りが混じりあって
どうにもならないから笑うしかない」
みたいなのとか、あるじゃないですか。
マーブルでグラデーションで曖昧な。
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とっても喜ばしいことがあって。
その事象そのものは、とっても幸せなことで。
心から祝福できることで。
でも。
それを
私自身が「嬉しい」と感じているかと言うと
それは否、で。
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今週のzeroの生放送。
エンディングでとても素敵な笑顔を見ることが出来て。
なんか急に泣けてきちゃって。
自分でも何に泣いてるのかわかんなくて。
大好きなこのひとが笑顔でいてくれてるだけで
わたしが幸せになれて。
泣けるほど幸せで。
夜のおかしなテンションもあって
情緒がぐちゃぐちゃになってて
おともだちにLINEでナゾに泣いてる報告をして。
きっとこの先
この人にどんな仕打ちを受けても
ずっと好きでいられる
って確信したって報告をしたんだよね。
その時は「どんな仕打ちよww」って笑われたけど。
まだ笑ってられてた時だったのよね。
にの担ちゃんはさ、あれこれを乗り越え済みのヒト。
私がいまだに消化しきれてない、いろんな想いを、やっとそろそろ乗り越えられる気持ちになりつつあるんだよって話して、そんな私におめでとうって言ってくれた。
そんな話をしてた矢先。
なんなん。
このタイミング。
どんな仕打ちよって笑ってたあの月曜。
この仕打ちのことだ。
でも、自分の気持ちをコトバにできた後だから、
どうにか受け止めるチカラはあって。
…うん。
どうにか、どうにか。
おめでとうの気持ちが
イコール
私も嬉しい
にはならないってことがわかった。
どうあっても
とにかく好きなのよ。
だから、こうして気持ちが動くのです。
「好き」の反対は「嫌い」じゃなくて「無関心」
それから。一部の界隈のひとたち。
担降りしたなら無関心でお願いしますよ、マジで。