珍しく潤翔です。
■■■■■■■■
「じゅーんー?・・・おーい、じゅーん!」
・・・きっとまた忘れてんだ。
オレの部屋でシャワーを浴びる翔さんは、
いつだってタオルの準備を忘れる。
脱衣所の棚にあるんだから入る前にさっと出しておけばいいだけなのに。きっと甘えているんだろうなと思いつつ、オレもそれはそれで悪くないと思ってしまっていて。
呼ばれるまま、バスルームへタオルを渡しに行く。
「お、さんきゅ、ワリィな」
「・・・ココにあるんだから自分でとったら?」
抗議の声色を演じつつ、バスタオルを渡す。
「それも考えたけど、床、濡れんじゃん」
「いやだから、入る前よ」
「それなー、うっかりわすれんだよなぁ、ごめんごめん」
なんて、明らかに「ごめん」なんて思ってない。
ざっと身体の水滴をぬぐってから腰にタオルを巻いて、今度は自分で棚からフェイスタオルを出した。頭にのせてガシガシとタオルドライをしている。その度によく動く肩甲骨。
無防備にオレに向けるしなやかな筋肉のついた背中。
無自覚にオレを誘う白い肌と濡髪の・・・愛おしいヒト。
「・・・ったく」
うまく呼吸ができないのは浴室から漏れた熱い湯気のせいだ。
その背中から思わず目を逸らして呟く。
「あン?どした?」
そう言われた声に思わず反応して、また翔さんに視線を送った。
タオルで頭を拭きながら、顔にかかったタオル越しにオレを覗くように上目遣いにオレを見る。
狡い。
どういうつもりでその顔をオレにみせるわけ。
オレは思わず生唾をのみこみ、小さくため息をついて、やっぱり視線を外す。
そんなオレがここにいることはお構いなしに、白い背中を向けたまま彼は、当たり前のように歯を磨き始めた。シャコシャコと小気味いい音がリズミカルに聞こえてくる。
唇の端から歯磨き粉で白く濁った唾液を零しながら。
「ねぇ。翔さん。それって、わざとなの?」
熱気のこもる脱衣所で、男が二人。
オレは翔さんの背中から鏡越しに目を合わせて。
翔さんは片眉を上げてオレに是とも非ともなく応じる。
こんな彼の姿を見ているのは・・・
まあ、オレだけじゃないんだろうけど。
どうしたって、現実がチラつく。
急にグッと切なくなって、
腹の底からワケのわからない黒い塊が這い上がる。
翔さんは・・・オレが、愛してる人。
この人がオレをどう想ってるか。
あなたの中でオレは何番目?
どうしたら全部をオレにくれるんだよ。
・・・なんてことは、とっくに考えるのはやめている。
だって、愛されているに決まってるんだから。
大切なグループを構成する、大切なメンバーのひとり。
人生の半分以上を共にすごしている。
これほどまでに多くの時間と記憶を、
そしてお互いの温もりを、共有している人間がほかにいるか。
そして、オレがカラダを預ける、唯一の。
翔さんはそれにも誠実に応えてくれる。
・・・そう。
至極、誠実に。
オレと過ごす時は、仕事の話や未来のグループの話、オレらの思い出話はするにしても、決して「他の人間との日常」を語ることはしない。
だから、カラダを繋げる時も、それは当然の振る舞いで。
唯一、オレだけが翔さんの熱も奥も、全部知ってる。
オレだけが。
そう思わせてくれる。
何故なら、翔さんには・・・癖がない。
オレが抱くように反応して、感じてくれる。
オレ以外の誰かに抱かれてることだって、もちろん抱いていることだって考えられないワケではないけど、オレの知らない抱き癖をつけられている様子はない。それでもいつだってどうしたって不安が付きまとう。だから確かめるように、試すように翔さんのカラダを拓いていってしまうけど、いつだって同じようにオレを受け入れてくれる。
貞操観念として、翔さんが誰かを抱いたとしても、翔さんが抱かれるのはオレだけ、もし、万が一、そういうことが実はあったとしても、この人はそれを絶対に悟らせない。
それが翔さんなりのオレへの愛情表現なのであれば、甘んじて受け入れるし、それは、やっぱりどう考えたって、この人から贈られるオレへの愛なんだ。
「ねぇ、翔さん」
口をゆすいだところまで終わったのを見届けて、オレがつけた痕がまだ真新しく痛々しい彼の背中をゆっくりと撫ぜる。
「背中、いま、ヤバイよ?」
白い肌によく映える、キスマーク。
自分で好きなだけつけておきながら、
酷く卑猥な光景に思えて、その分の罪悪感。
やたら甘ったるくて、やっかいな罪だと思う。
紅い鬱血をひとつひとつ、指で辿る。
しばらく背中に指を這わせれば
ふいに息を詰めたり
短い溜息を吐くような
時折、漏れる声。
「もっと、する?」
煽るように言ったところで
この人がオレを求めることなんてないんだろう。
言った自分が虚しくなる。
もっと、と言わせたくて、うまく追い詰めたと思っても
もう無理、と言わせたくて、さんざん攻めたとしても
どこか余裕があるようにキレイに果てる。
オレばかりがこの人を欲しくてたまらない。
どれだけ強く穿っても
何度欲を吐き出しても
いつもどこか距離を感じて
いつまでもオレばっかりなのか・・・と求める飢餓感。
それを顔には出さないように装っていても、しつこく抱いてしまう情けない欲望。そんなオレをいつも優しく見つめてくれるこの人には結局いつまでもオレが甘えている。
抱いているのはオレなのに。
「なぁ・・・なに、泣いてんだよ」
オレはいつの間にか泣いていた。