「しょーちゃんさ、セックスは出来るけどキスはできない、みたいな線引きって、ある?」



突然の相葉くんの問いかけ。

またこの人は俺の気も知らずに。


本能でものを言う人じゃない、だからこそ、その腹の中が見えなくて怖いんだよなぁ、勘弁してくれよ全く。


そう悪態をつくものの、

その時はなぜか、真剣に答えてみようと思った。



「それは、キスまではできるけど、その先へ進めない・・・という話の間違いではなく?」


「うん、ではなく。」



たまたま2人きりの楽屋。

雑誌の企画がペアで、その後の収録までに空きがあったから、早めに楽屋に入って飯でも食っとくか、とか、そんな在り来りな、なんでもない時間。



「あるよ、線引き。」



そんな話は10代のガキの頃ならともかく、メンバー間ではおよそするべくもない。でも、聞かれたのが相葉くんだったから、やっぱり真剣に答えてみたかった。


とはいえ、意気地のない俺は情けなくも、何気ない世間話、のテイでしか無理で。読んでいた新聞から目線をあげずに。そうでもしないと、その問いに意味を感じているのは俺の一方通行だとしたら納得できない、というような変なプライドがあった。



しかし、そう答えてはみたものの、じゃあ具体的にどういう、という解を表現できる言葉をもちあわせておらず、


ただ、もう一度



「あるよ。」



新聞に向かってそう答えるのが、精一杯だった。




だから、相葉くんがどんな顔でそれを俺に聞いたのかを知らないまま。そしてそれは単なるメンバー同士の、もしくは友達同士の興味本位だった場合に、変に傷つきたくないものだから、あえて彼に視線をやらなかった。


問いかけた張本人、相葉くんは、それ以上の答えを俺から聞き出す訳でも無く



「そっか、あるか、やっぱ。」


と言って立ち上がる気配を感じた。



俺の答えがつまらなくて楽屋を出ていくのかと、少し寂しく思ったその時。



「・・・ッん!えっ、あ、、ちょ、ちょっと!あ、あいばくん!?」



新聞を読んでいた俺の背後に回った途端に、首筋にキスをされた。さらに軽く歯を立てられ、舌でうなじを舐るから、唾液で濡れたそこが冷えてゾクッとした。



「オイ!なんなんだよ、いきなり・・・」



初めて感じた彼の唇の感触に、驚きと、そして何より興奮で、カラダが熱くなる。

でもその反対側には理性が氷塊のように。

冷たく硬い理性のおかげでどうにか俺は相葉くんを振り返る。


そこには、俺を見下ろす相葉くんの、昏い、顔。


決して、からかっているのでは無い。

だからこそ、今の相葉くんに向き合ってしまったら、取り返しがつかなくなるかもしれないと、頭の中で警鐘が鳴る。



「ねぇ、しょーちゃん、オレとセックスできそう?」


「はァ!?いきなり何言ってんだよ、なんか変なもん食ったのかよ」


「そういう常識的なつまらないごまかしで逃げようとするしょーちゃんは、いかにもしょーちゃんって感じでオレは好きだよ。だから、大丈夫。」



・・・一体、この男は。

今の一連から『大丈夫』までのあいだ、どんな思考回路が走っていたのか。

俺のなにが原因で、彼がうなじにキスをするに至るのか。



「・・・あなたね、俺だからいいけど、松潤にでもしたらきっとぶん殴られるよ」


「なに馬鹿なこと言ってんの、しょーちゃん。こんなのしょーちゃん以外にするわけなくない?」


「・・・は?」


「いや、は?、じゃなくて。だから、しょーちゃんだから、やってるんだけど。わかる?この意味」



そういうや否や、後ろから抱き込まれたかと思うと、あろう事か口に手を突っ込まれて、うなじにキス、耳の裏に舌を這わせて、そのまま耳たぶを食む。


ダメだ。思考が追いつかない。

いや違う、追いつくとかつかないじゃない、ミラクルなこの男が何を考えているのか、俺の常識の範囲では到底、答えは出そうもない。



「はぁっ・・・あっ、はひは、ふ、ンッ、は、ふぁっ・・・」



口の中の指は俺の舌を押さえて、口を閉じさせてくれない。

まともに喋れないから抗議の言葉も意味をなさず、かと言って、相葉くんの手元は仕事道具。噛み傷をつけるわけにはいかない。喉の奥を上下させて、舌で抵抗しても、逆に彼の指の感触を味わう羽目になり、どんどん追い詰められていく。口内を好き放題されながら、耳に舌を入れられると、声を抑える術がない。



「ハァ・・・はっ、あ、あ、ンッ」


「しょーちゃん、感度いい。声、甘いね・・・」



耳元で囁く低くてかすれたような、よっぽど甘い、相葉くんの声。


力づくで振り払わない俺は、どうかしてる。

訳が分からなくて不安で落ち着かない。

なのに。

悦んでいる、カラダが。そしてココロが。


それは認める、だって、そういう事だから。

俺は相葉くんを。


でも、だからこそ・・・。



俺が抵抗しなくなったからか、むしろ解放されて、思わず怒鳴りそうになる。


でもそれをとどめることができたのは、

とてもとても、切なかった・・・から。


俺の唾液でベトベトの相葉くんの手がやたら目に焼きつく。

頭から追い出したくて、握りしめていたり、唾液で濡れていたりと、さんざんな状態になった新聞ごと机にうつ伏せた。



「・・・あのさ、相葉くんがどんなつもりでいるかわかんねーけど、こういうことを、他の誰でもなく、相葉くんに面白半分でされると、俺は・・・辛いわけ。マジで。」



いつものように突拍子もない相葉くんの質問から始まった奇妙なやりとり。


だけど、こういうある種の認識のズレ、があるときにしか本当を言えない。後々のダメージを減らすために、勘違いでした、で済ますことができるための防御策。そうやって何重にも守って守って、彼への気持ちを押さえつけて見ないフリをしてきた。

上手くやってきたのに、こうやって平気で揺さぶってくる。


タチが悪い・・・。


唾液まみれの手をティッシュで拭く彼を、とてもつまらない気持ちで見ていることに気づいた。

どうして欲しい、とかはない。

ただ、俺自身がその程度に扱われた気がして。

そのティッシュをまるめてゴミ箱に投げる。


さっきとはうってかわった冷たい声で俺に聞く。


「ねぇ、しょーちゃん。オレさ、セックスするとき、キスしないんだよ。なんか、したいと思えなくて。」


「・・・何の話?」


「だから、線引きの話。」


「キスができるかできないかの」


「そう。」


「で、それと、俺にちょっかいかけたことと、なんの関係があんの?」



思わず睨むように相葉くんを見るが、語気が荒くならないよう、感情的にならないよう、細心の注意をはらう。そうでもして意識を縛らないと、うなじへのキスに、耳へされた愛撫に、口の中で舌を絡ませた長い指に・・・思考が占拠されそうになる。



「俺、相葉くんのそんな話、ききたくねーよ・・・」



勘弁してくれよ、と、思わず頭を抱える。



「あのさ、どういうつもりで仕掛けてきたかわかんねーけど、俺は、そういう冗談はムリだから・・・」


「あのさぁ?どういうつもりで仕掛けたかわかんないなら、冗談だって決めつけないでよ。」



俺が言い終わるが早いか、被せ気味に。


・・・これは・・・怒ってる。



「・・・」


「オレは、聞いてるの。オレと、できる?って」


「聞いてるって・・・、なに、を」


「しょーちゃん、めんどくさいから、これ以上わかんないフリ、すんな」



これは。

男女なら、紛うことなく『そういうこと』だ。

明々白々。

だって、明らかに言われたではないか。

『オレとセックスができるか』と。


これを真正面から受けて立つ覚悟、それ以前に、相葉くんが冗談じゃない、つまりは本気なのだということを、俺自身が信じる覚悟が必要。


「わかんないフリ、じゃねーよ・・・わかんねーよ、そんなの、なんで相葉くんがそんなこと俺に聞くんだよ。全然わかんねーよ。」


ここまで言われて、黙って逃げるのは流石にナシだ。


答えるという覚悟を持ったとしたところで、仕事なら上手くできるイレギュラー対応も、プライベートでこんな風に相対して、狼狽えるなという方が無理だ。だけど、ちゃんと答えたいし、応えたい。プライドをかき集めて、どうにか答えた『わからない』が、どうか彼に伝わってほしい。


まだ顔があげられない俺の隣に座って、相葉くんが膝に手を置いてくれる。彼のちょっと高めの体温に、俺のカラダがまた、いとも簡単に反応して、そして体温が上がる。


優しく低い、甘い声で。


こんな風に俺を諦めないでいてくれるこの男に、俺は何かを期待していいのだろうか。


「誰にだって、何にだって、初めての、一回目のことがあるんだよ。それってめちゃくちゃ怖い。でもさ、怖いなぁって思うことも、オレはワクワクしたいし、それがしょーちゃんとなら、もっといいなって」


「・・・・・・」


「しょーちゃんが、怖がりで、石橋を叩いて叩いて叩き割って、渡らなくて済まそうとするくらいのビビりだってことは、オレはわかってる。」


「・・・ちょっと・・・なぁ、俺って・・・そんな?」


「うん。そんな。だから、叩くの一緒にやりたいし、ビビってんならさっさと石橋ぶち壊して、オレが一緒におちてやるから、だから、きっと大丈夫って言いたいの」


こういうところだ。


この男の、こういう懐のデカさと優しさに俺はどうしたって勝てそうもない。そうやって、降参しましたって、負ける心地良さを教えてくれたのは、相葉くん。



気づけば、俺は、笑っていたし、なぜか、ひどく泣いていた。



「ふふ・・・なんだよ、それ・・・なんなんだよ・・・、相葉くん。ひでーよ。俺の評価、マジでひでぇ」



やっぱり顔があげられない。


好きだわ、マジで。


ひでぇひでぇと言い続けて、止まらない涙を誤魔化そう。

肩が震えてるのは笑ってるからだよ、相葉くん。



「ねぇ、しょーちゃん、そんなに泣くほど笑うって、そっちのほうがひでくねぇ?」



これは確実に、バレてる。


でも・・・そういうところだ。


そうやって全部を抱きしめてくれるみたいな、でも、俺以外には驚くほどドライなキミが、どうしようもなく好きなんだよ。相葉くんも俺にひでぇひでぇと言いながら、優しく背中をさすってくれるもんだから、いよいよ涙が止まらない。涙腺が崩壊するって、こういう感じなんだなぁなんて、どこかで冷静。



「ほら、しょーちゃん。顔見せて?そんでキスしよ?」


「さっき、俺の首に噛み付いたヤツがよく言うよ」



簡単に言ってくれるよ、全く。

尚も突っ伏した状態から顔を上げるタイミングを完全に失っている。


だって、顔上げたら絶対・・・今度は本当のキスを、されるから。



「ねぇ、しょーちゃん、さっきの答えは?」


「・・・」


「わかった。オレ、もう、なんも言わないよ、しょーちゃんから答え出してくれるまで」


「・・・・・・」



しばらくの沈黙。耐えきれなくなるのは相葉くん。



「・・・・・・ねぇ、しょ、あっ、、んー。」


「ふふっ・・・くくくっ」


「・・・んん。んーっ!」


「うはっ!なんだよそれ、自己主張激しいよ?」


「・・・っぷぷ」



ふざけた空気にしてくれてるけど、きっと、めちゃくちゃに緊張して俺の答えを待っててくれてるんだよね。だって、さっきから俺の背中に置いた手が、すごく冷たく感じる。



「あのさ・・・相葉くんとさ、セックスすることは、考えたこともなかった・・・けど、キスしたいなって思ったことは、何度もあったよ、正直。」


「・・・」


「初めに聞かれた『セックスはできるけどキスはできない線引き』って、アレさ、明らかにこうだって言える基準を説明はできないんだけど・・・」



上手く喋ろうとしなくていいんだ。

仕事じゃないんだから、上手いことをいうより、心からの本当の気持ちを伝えたい。


相葉くんに、この気持ちが伝わって欲しいと祈りをこめて・・・



「俺は、相葉くんと、キスがしたい。」