■23:12


俺は、完全に欲情していた。


タクシーに押し込まれて、
雅紀の部屋を目指している事はわかった。

わかっていたのは、それだけ。

なぜこんなふうに。
いつこんなふうに。
どちらから、なにがきっかけで。

いま起きてるこの出来事の理由は、
きっと時が経てば
いくらでも言い訳はできる。


次にあの非常階段であったときに。
いつか同じチームで仕事をする機会があったときに。


「あの日はどうかしていたよね」


そう言ってお互いに笑い合うのもいい。
もしかしたら話題にもせずに
昨日までの2人の距離感を続けるのも構わない。


でもそれは、時が経った・・・あとでいい。


ただ、今は。
・・・欲しい。




着ることなく手に持っていた雅紀のコートは俺の膝にかかっている。そして、彼は、俺の、を、スラックスの上から無遠慮に弄ぶ。


お互いにひとことも言葉を発さず、ただ、見つめ合う。
呼吸が聞こえるほどの静寂の車内。
不規則に発せられる衣擦れの音。
なにか言おうとすれば、
あからさまな声が漏れてしまいそうで。
吸う息よりも吐く息が長くなる。
我慢を、しなくては。
それ程に、激しく。

雅紀は俺をまるで観察するかのように何ひとつ見逃すまいと、息遣いさえも覚えていようとするかのように、ひとときも目を逸らさない。

劣情に濡れた、黒くまぁるい、その瞳で。

今朝、この男は、あんなにも明るく健やかに、俺に笑いかけたのではなかったか。俺の若気の至りを一緒に笑い、軽やかに階段を降りて、追いついて嬉しいと微笑んだのではなかったか。


それが、いまは。

タクシーに乗り込むなり始めようとした雅紀は、
ファスナーに手をかけたが、
どうにかそれを押しとどめた。
だが、下着とスラックスで刺激が逃がせると思った俺は、
大馬鹿者だ。

与えられる刺激があまりにも甘くもどかしく、
思わず腰が雅紀の手を追いかけそうになる。
その度に、息を止めて雅紀を睨んでやり過ごす。

こんな痴態。

俺はなぜ振り払わないんだ。
雅紀はどう思っているんだろう。
何を考えて、こんな。