■8:45

「あ、相葉さん、おはようございます」

「どうも!おはようございます、櫻井さん!今日、全然寒くないですね。」

「ほんと、マフラー荷物になっちゃってますよー」

「オレなんか汗っかきだから、コートも脱いじゃってます(笑)」


会社の非常階段。
いつもここで会う、彼。



密を避けて、という感染症対策のため、フロア移動にはエレベーターではなく、なるべく階段を使うように…と、会社からのお達しがあってから、もう4年。

いまや、エレベーターも定員いっぱいになる風景が戻ってきた感があり・・・なんてのはある種の建前。

俺が階段を使う本音としては、密を避けるため、
よりも、別の目的が・・・ある。


ワンフロア下の部署にいる、相葉雅紀さん。

これまでも仕事で多少なりとも関わったり、
人となりは人伝に聞いたりもしていた。

ただ。

こうして実際に親しく言葉を交わすようになったとき、
改めて、なんて健やかで美しい人なんだろう、と。
いつも優しい笑顔と朗らかな声色で挨拶を返してくれる。


そう。
俺は、相葉さんが、好きだ。



マーケティングの俺はあまり社内にいない。クリエイティブ部門の相葉さんは社内のデスクで仕事が基本だからたまにこうして朝の出勤時やランチの移動のタイミングかなんかで非常階段で顔を合わせるだけ。

ちょっと時間があれば踊り場で立ち話程度はするけど、お互いに忙しい身なのはわかっているからそうそう引き留めるようなことはしたくない。

でも、こうして顔を合わせられて、しかも、偶然にも朝イチで挨拶できた日には…否応なく、気分がアガる。


「あ、そうだ櫻井さん!」

「はい?」

今日は挨拶だけじゃなく、相葉さんから声がかかる。


「こんど、メシ、行きません?」


うわ!
マジか!

朝会えただけでもラッキーなのに、まさかのメシの誘い!
浮かれた気持ちを隠せるわけもなく。

「あ、ぜひぜひ!」

「やった!あのー、オレずっと気になってたんですけど、櫻井さんって、どの辺で飲んでるんですか?」

「あー、俺は・・・地元の駅に帰ってから馴染みの店、だったり・・・んー、まぁ、そんな感じなことが多いですかねぇ・・・って、え?気になってるって??」

「あ、そっか、いや、全然この辺じゃ会わないなーって思ってたんですよ。」

「たしかに、会社の人間と会うようなところでは飲まないかも」

「・・・あ、いつか会えたらご一緒したいなって思ってたんですけど・・・誘っちゃマズかった、スか?」

かっわい。
なにその上目遣い。
相葉さんのほうがちょっとだけタッパがあるにもかかわらず、
俺を下からのぞき込むようなその黒目がちでまぁるい瞳。
朝からありがたい・・・。

「あ、いや!違う違う!飲んで電車に乗るのが嫌なだけで!」

「じゃあやっぱ、ここらじゃ、あんまり・・・ですよね」

「いやいや!えっと、あの、相葉さんとなら、めちゃくちゃどこでも!」

「っはは!『めちゃくちゃどこでも』って、どこですか(笑)」

「あー・・・はは、どこですかね(笑)いや、ホント、どこでも!

「どこでもよければ、オレに任せてもらっちゃっていいですか?近々、連絡しますんで!」

「あ、ハイ!是非ともよろしくお願いします!相葉さんおしゃれな店知ってそう」

「ご期待に沿えるよう、がんばりますので!じゃあ、また!!」

「はい、また!」


あー・・・めっちゃ元気出るわー。
あのイケメンが手とか振っちゃってサイコーじゃん。
相葉さん、恋人いるのかなぁ。
まぁ、いるわな、あんだけのいい男で、性格も良くて。
かっこいいだけじゃなくてかわいくて。

んー!
どんだけ考えても考えるだけ好きだ!

お手振りもらって、さしづめ俺には『ファンサ』なわけで。

いい大人が朝の挨拶と飲みの約束で
仕事がんばれちゃうんだから・・・俺って省エネだわ。