【MJ】



僕が少し前に出会って仕事をしたアーティストは

『BLUE3104_kaz』

2人組で暗号みたいな名前で活動をしてる。

しょおくんと一緒にグラフィックボードの仕事だったけど、僕は作品に興味があったから、本人に会わせてほしいってクライアントにお願いしたら、案外簡単にMV撮影の見学を許された。

現場では、絵描きを「リーダー」
歌い手を「カズ」って呼んでた。

MVの撮影途中、2人してアレコレ演出で揉めた挙句

リーダーの強い意思で、あの肩にアザのある背中の絵を塗りつぶして終わるというエンディングに至った。




ある日、『BLUE3104_kaz』の個展開催のパーティーがあるって聞いて、事務所の社長から行くように言われたから二つ返事で出席した。


その個展は、『BLUE3104_kaz』の自宅兼を画廊だった。
リーダーとカズさんはここに住んでいるらしいが、生活感が全くない。なんだか休まらなさそうだけど、創作にはそういう飢餓感が大事なのかなぁなんて思って。
単純にアーティストの生態を知りたくて、生活しにくくないですか?って不躾に聞いてしまったが、カズさんは面白そうに笑いながら答えてくれた。

「帰らなくても罪悪感がないから」

と。


「罪悪感?」

「そ。いつでも帰れる場所があるのはありがたいけど、でも、『帰らなきゃ行けない場所』って、窮屈でしょ」

「待ってられるのが、嫌だってこと、ですか?」

「んー、人に限らず、だよ。」

「すみません、よく分からないです…」

「例えば、冷蔵庫にモノがあると『あー、賞味期限今日までだ』って、思っちゃうじゃん。べつに捨てたっていいんだけど、思うわけじゃん」

「はい」

「植物があったら世話してやらなきゃって思うし、ベッドがあればカバー変えなきゃ、とか。」

「……それが、生活ってことなのでは…」

「うん。でもそれが、出来ないとか、必要ない人間もいるってことだよ。」




内輪のこじんまりした会だったこともあり、みんなかなり酔っていた。


僕はリーダーが雅紀さんの涙の理由だって、その時にはもう知っていたこともあって、かなり迷ったけど、カズさんの話を聞いたら尚更、カッコつけて知らないままにしておくより、ズルくて情けないけど、それでも知りたい気持ちに素直になって、あの時のMVの演出の意図を聞いてみた。

答えてくれたのはやっぱりカズさん。



「あの背中は、曲の主人公の、大事なヤツ」



って。


アイツを手に入れたから
その時は描いて残す必要がなかった。

そうなると勝手なもんで
やっぱり新しいものに興味をもってしまって。

そんな風に別れたクセに急に惜しくなって、せめて描いて手元に置いておこうと思ったら…どんな顔してたか覚えてなかった。

鮮明に覚えているのはあのアザと綺麗な背中。

描いてみたけど
どれも違うと思って。

結局なんにも手に入れることは出来てなかった。



そんな情けない後悔の歌だよって。


そんな話をしているカズさんの膝枕で
リーダーは今にも寝そうになってる。


そうかと思ったら



「アイツの笑顔、描いてやれば良かったなぁ……」


とか言いながら

やたらと涙を流していた。