ゆっくりゆっくり、おもいだす。

あの部屋の、絵の具の匂い。
木炭とパンが転がってる汚れた床。

その床でなんども抱かれて
背中がとっても痛くて
膝と肘に青いアザができて
それでも
そのたびに
しあわせだった。

あの人がオレにくれる気持ちがカタチになってた気がして。


「急に......じゃ、なかったのか、だんだん、かな。」

「うん」

「もう帰らないって、言われて。それまでも帰ってこない日なんかたくさんあって、3日帰らない、5日帰らない、1週間、10日、20日、1ヶ月......」

「うん」

「3ヶ月帰ってこなくて、それで、帰ってきたら、もう帰らないって。」

「...うん」

「そのときにさ、オレ、なんかよくわかんないけど、ヘラヘラ笑ってさ『え~!じゃあ、つぎは1年後くらいかなぁ』って...なんか、そんなこと、言って...」

やばい....
落ち着いてたのにまた...

「...雅紀さん、やさしいね......よくできました。」



「......?」

「カレを責めたり、重荷になるようなこと言わないで、バカな振りして、さよならしたんでしょ?」

「...っもー!バカな振りじゃなくてホントにばかだとおもってるでしょ~!」

だめだ。
なんかしゃべってないと......泣く。

「まぁそりゃあ、しょーちゃんほど賢くはないけどぉ」

潤くんの前でもう泣くのイヤだよ。

こんな情けないトコみせたくない。
余計なことばっかりしゃべってる。

「あーっそっかそっか!やっぱりおバカさんだから愛想つかされちゃったのかなぁ!はははっ」

なんで潤くんがそんな泣きそうな顔するの...やめてよ。
こっちだってふざけてごまかすの限界なんだ。



「...今日は帰るね。雅紀さん、これ以上は僕に甘えてくれなさそうだから。」

「甘えるって...オレ、潤くんにそんなことできないよぉ」

「...うん、そうだね。...おやすみ......またね、雅紀さん。」



「おやすみ...潤くん、また、きてね...」


いつも胸元で小さく手を振ってくれる潤くんだけど



今日は...





オレの手をきゅっと握って店を出た。