ある日の夕暮れ。
風が緩くなって
冬の切なさが
すこしずつ思い出になり始めた頃。
「あ…MJだ」
都心のデカい交差点の上にかかる
歩道橋を歩いてたら
さらにその上から
視線を感じて見上げる。
新しいビルボード。
そこには目元だけのビジュアル。
こんどはマスカラの広告かぁ。
MJはいわゆる『パーツモデル』ってやつ。
「いつか会ってみたいなぁ…」
初めてMJをみたのは2年前の夏。
浮気されてフラれるっていう最悪な失恋をして、一緒に住んでた家に帰る気にもなれず、情けなくもめそめそしながらアテもなくあるいてたとき、街で配られていたアヤシげなポケットティッシュを受け取った。
涙と鼻水を拭くのにちょうどいいやともらったけど、ティッシュに挟まれてた小さな広告に目が釘付けになって、涙も鼻水も、なんなら呼吸さえ止まった。
何コレ…ってか、だれ!?
キラキラと星が浮かんだような澄んだ湖
ゆるくたゆたうとろりとした水面
そんな表現がぴったりのキレイな瞳
その瞳は隙間なくそろったまつ毛に囲まれて、まるでCGかと思うほどの絶妙なバランスの目元だったけど、美しさ以上に、この瞳から強い意志と熱い情熱を感じて「これは生身の人間の目だ」って思い知らされた。
それに比べてオレはといえば、長く付き合った恋人から急にフラれて何か言うことも出来ず、理由を聞くでもなく、悲しさや怒りをヘラヘラと笑って誤魔化して、なんとなく波風立てず受け入れて、気づけば泣きながらフラフラと歩き回ってるイタイやつだ。
「オレもこんなキレイな瞳だったら、もっと強く、いられるかな」
以来、そのティッシュに入ってた怪しげなチラシは、
俺のお守りとなった。